旅先恋愛~一夜の秘め事~
「この通りのひとつ後ろを南に向かって歩いて、ふたつ目の信号を曲がればすぐですね」


「……あの、ここから歩いてどのくらいの距離でしょうか……」


「十分もかからないかと」


「そんなに近いんですか?」


「ええ。失礼ですが、なぜ逆方向のこのビルに来られたのですか?」


なぜか訝しむような視線を向けられ戸惑う。

極上美形の不機嫌そうな表情は迫力があって怖いくらいだ。


もしかしてなにか疑われているのだろうか? 


まさかこのビルが関係している?


「いえ、あの、このビルを目指していたわけじゃないんです。地図を読むのが苦手なので、この辺りで一番大きなビルを目印に一旦道筋をリセットしようと思ったんです」


すみません、と小声で付け足すと彼は一瞬目を見開いた。


「……このビル名はご存知ですか?」


「名称ですか? 知らないです」


おずおずと答えた途端、真向かいに立つ男性はハハッと声を漏らした。

硬質な雰囲気が消え、表情が柔らかく崩れる。


「なるほど……偶然だったのか。面白いな」


「あの……?」


口調まで砕けて、少し前とは打って変わった様子に面喰らう。


「店の前まで案内できればいいんだが、あいにく時間がなくて申し訳ない」


「とんでもないです。教えていただき、ありがとうございます。助かりました」


「……本当にわかった?」


「多分……あの、南って右手側でしょうか……」
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