旅先恋愛~一夜の秘め事~
最初より優しくなった男性の声に背中を押され、再び迷うよりはと考え、尋ねた。

彼は私の問いに、なにかを思案するように首を傾げた。


「……違う、南は左手側」


「す、すみません。何度もありがとうございます」


「いや……本当に地図、読めないんだな」


ひとり言のようにつぶやいた彼は、もう一度丁寧に道順を教えてくれた。

恥ずかしさで頬が熱くなる私を笑いもせず、心配してくれている姿に心の中が温かくなった。

再度礼を告げ、歩き出そうとすると小さな紙片を渡された。


「万が一迷ったら連絡して」


「え……?」


思いがけない言葉に慌てて紙に視線を落とす。

そこには【(さとる)】という名前と携帯番号が書かれていた。


「じゃあ、気をつけて」


そう言って、彼は雑踏の中を進んでいく。

男性の背中に向かって一礼し、紙片をそっとバッグに入れた。

親切な人に出会えて本当に助かった。

東京に戻ったら早速麗に報告しよう。


その後、彼のおかげで無事に目的地に到着した。

オリジナルの子ども服を取り扱うこの店で、姉のひとり娘への誕生日プレゼントを無事に購入できた。

店内に所狭しと並べられた素敵な洋服に目移りしていた私は、彼との出会いが今後の生活を大きく変えるとは考えもしなかった。
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