旅先恋愛~一夜の秘め事~
「……考え事をする余裕があるのか?」


心の葛藤に気を取られていた私を、彼が執拗に攻め立てていく。

思わず上げた自分の甘い声が恥ずかしい。


「可愛いな……」


女嫌いと噂されている人とは思えない台詞に、耳を疑う。


「可愛く、なんか」


反論する声はあっという間に濃厚な口づけに吞み込まれる。

至近距離にある、整いすぎた面差しから漏れる色香が私を惑わせていく。


「泣いているのか?」


快感と胸を締めつける切なさで目尻から流れ落ちた涙を、彼が形の良い唇で拭う。

まるで恋人のような優しい仕草に戸惑いを隠せない。


日本を代表する大企業、椿森グループの若き御曹司。

本来なら言葉を交わすことすらままならない、雲の上の世界にいる人と触れ合っている現状が信じられない。


(れい)の誘いを受けたあの日から、私の恋の歯車は回り始めていたのだろう。


……夜が明ければ、私はここからいなくなる。

きっともう二度と会わない。

だからせめて、この想いだけは旅の思い出として持ち帰らせて。


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