旅先恋愛~一夜の秘め事~
『だったらなにを悩む必要があるの? 一応教えておいてあげるけど、椿森副社長は現在独身、決まった婚約者はいないわ。ちなみに日本一の難関大学を首席で卒業して、その優秀さは業界内でもお墨付きよ』


「……よく知ってるわね」


『うちの母親は曲者だけど娘の伴侶候補者に対する調査能力は高いの。補足だけど五歳年下の弟は現在海外支社で修業中らしいわよ』


すらすらと口にされ、呆気にとられる。

聞けば聞くほど手の届かない人に思える。


「おば様が麗の伴侶に望む理由がわかるわ」


『やめてよ、私は自分の恋人と幸せに生きていくの。恋愛はタイミングとほんの少しの運命のイタズラから始まるのよ。こみ上げる感情があるなら、信じて飛び込んでみたらいいじゃない。足踏みばかりしていたら、自分の気持ちも相手も失うわ』


持論を展開するハトコの声が心の奥底に響く。


『お互いの立場や背景を知らずに出会ったんでしょう? その偶然を必然とは思わないの? 出会ってからの時間の短さに戸惑う気持ちも理解できるわ。でも長い年月をともに過ごしても恋に発展しない人だっているのよ?』


静かな口調で諭されて、ハッとした。


『悩む時点で恋に落ちてるでしょ? 我慢強いのも忍耐強いのも唯花の美点よ。でももう明日、東京に戻るのよ。そう簡単に会えなくなるわ。このまま別れて後悔しないの? 伝えておきたい想いは、言葉は、ないの?』


通話越しに背中を押された気がした。
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