旅先恋愛~一夜の秘め事~
女嫌いと称される彼に、想いを信じてもらえない可能性は高い。

好きな人に、好きな気持ちを否定されたくない。

今ならば、ギリギリ心にブレーキをかけられる。

ひとつの旅の思い出として、甘い恋の記憶として、心に残せる。

切なさも、胸の痛みも尋常じゃないけれど、まだ引き返せる。

王子様とお姫様が結ばれるのはおとぎ話の中だけで、現実には起こりえないとこの年齢になれば嫌でも理解できる。


だからこそ早く去らなければいけない。


彼の微かな吐息がうなじに触れ、体が敏感に反応する。

伝わる温もりに胸が潰れそうに痛み、このままここにいたい、と泣き叫びたくなる。


「……無理よ。私はお姫様になれない」


自嘲気味につぶやく声に返事はない。

視界が滲んでいくのを防ぐように、唇をギュッと噛みしめた。

お腹にまわる長い腕にそっと触れ、ゆっくりと離す。

ベッドから抜け出し、衣服を探すとソファにきちんと畳まれて置かれていた。

どこまでも几帳面な対応に、堪えたはずの涙が零れ落ちそうになる。
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