旅先恋愛~一夜の秘め事~
「……申し訳ありません」


「謝る必要はありません。ゆっくり休んで明日も無理はしないように」


秘書室長の優しい言葉にうなずき、帰り支度をして会社を出た。

暁さんに連絡すべきかとバッグからスマートフォンを取り出す。


「――綿貫さん?」


名前を突如呼ばれ顔を上げると、黒光りする車から古越さんが降りてきたところだった。

春らしい淡い桜色のワンピースと羽織っている大ぶりのショールがとても似合っている。


「こんばんは、お会いできて嬉しいわ。今、偶然お見掛けして慌てて引き返してきましたの」


口元は弧を描いているが、目元は笑っていない。


「……すみません、急いでいますので」


「どちらかに行かれるんですか? よろしければお送りしますわ。お話ししたいこともありますし」


「いえ……大丈夫です」


定時退社に少し早い時刻のためか、私がこれから帰宅するとは思っていないようだった。


「なんのお話ですか?」


幸いにも会社から一本入った通りのため、人影はまばらだ。

車に乗りたくないし手短に済ませてもらいたい。

そもそも私になんの話があるのだろう。

嫌な予感に動悸が少し激しくなる。


「単刀直入にお伺いします。綿貫さんは椿森副社長と具体的にどういうご関係ですの?」


「……副社長は私にとって、とても大切な存在です」 


曖昧な関係の私には自分の想いを婉曲的に表現するしかできない。

答えが不服だったのか、古越さんはキツイ視線を向けてくる。
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