旅先恋愛~一夜の秘め事~
「綿貫さんはなにを差し出すおつもり? ………傷の浅いうちに身を引かれたほうがよろしいのでは?」


クスリと漏らした彼女の笑みが心を深く抉る。

なにひとつ反論できない自分が情けない。

言葉を失う私の姿に満足したのか、古越さんは停車していた車に乗り込み去っていった。


彼女との会話がグルグル頭の中を駆け巡る。

昼食を食べすぎた記憶はないのに、胃の中からなにかがせりあがる感覚がした。


ふらふらと駅までの道を歩き、やってきた電車に乗る。

まだ午後五時過ぎのせいか、車内は空いていた。

座席に座り、浅く息を吐くが不快感はなかなか治まらない。

吐き気に加えて頭痛までやってきてギュッと目を瞑る。


もしかして、生理がはじまるのかとスマートフォンをバッグから取り出す。

体調が悪いせいか些細な動作が億劫になる。

スケジュールアプリを起動し、カレンダーを確認する。

私の生理は常に規則正しいわけではないが、それほどずれ込むものではない。


ところが驚くことに、今日で生理予定日から三週間が過ぎていた。

一気に血の気が引く。

ひとつの可能性に、スマートフォンを握る指が震える。


もしかして私、妊娠……している?


最近の症状、今の自分の体調に思い当たる節が多すぎる。
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