旅先恋愛~一夜の秘め事~
「その研修が、ただの口実だったのよ……!」


「どういう意味?」


真向かいに座る麗の表情が、一気に険しくなる。


「今日、母が突然研修センターにやってきたの。嫌な予感がして母の行動に注視していたら、今日の夕方、椿森の御曹司を迎えるって誰かと小声で電話していたのよ!」


「椿森って……あの、椿森ホールディングスの?」


麗は苦虫を嚙み潰したような表情でうなずく。

椿森ホールディングスは日本を代表する大企業のひとつで、最近では北米、欧州、アジア諸国で不動産賃貸業に積極的に進出中だ。

不動産開発事業を主軸とし、私の勤務先をはじめ、傘下に多様な子会社を抱えている。

北米で修業も兼ね開発事業に関わっていた三十一歳の御曹司が、昨年末副社長に就任と同時に帰国したニュースは記憶に新しい。


「研修センターを設計したのは椿森ホールディングス傘下の会社なの。母は完成披露会だなんて言って、御曹司を招待したのよ。私に引き合わせるために!」


憤懣やるかたないといった様子で、麗は自身の手をギュッと握りしめる。

麗の母はひとり娘を名家に嫁がせようと日々奮闘している。

麗には将来を真剣に考え、三年ほど交際している男性がいるのだが、麗の母は認めず、母娘仲はあまりよろしくない。

麗は恋人を幾度となく紹介しようとしていたが、母親にことごとく断られていた。
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