旅先恋愛~一夜の秘め事~
『椿森副社長にはずっと大切にされている女性がいらっしゃるのはご存知?』


頭の中に古越さんの声が大きく響く。

古越さんは名前を口にしなかったが、京都出身の挙式予定がある女性はひとりしか思いつかない。

想う人がいる暁さんにとって、私の妊娠は喜ばしいものではないだろう。

伝えて、困惑されたり、拒絶されるのは怖くてつらい。

大好きな人との間に授かった、大切なかえがえのない命だ。

絶対に産みたい。

未婚の母というのはきっと想像以上に大変だと思う。


周囲の目も気になるし、なにより両親にどう説明すればいい? 


派遣期間は今のところ半年ほどだが、その間にどれだけお腹は大きくなるのか。


暁さんに気づかれずにいられるだろうか?


悪阻も心配だし、出産後はひとりで家事育児をこなせるか自信がない。

この辺りに保育園はあっただろうか……と先々まで思考が飛んでしまう。

考えれば考えるほど答えの出ない状況に追い込まれて、手足が冷たくなっていく。

嬉しいはずなのに、焦りにも似た感情に泣きそうになるのを必死で堪え、近くに置いてあったスマートフォンを握りしめる。


まずは病院できちんと診察してもらおう。


彼へ伝えるかどうか判断するのはそれからだ。

こなすべき出来事を、混乱する頭の中で必死に順序だてる。

その後、手の中にあるスマートフォンで産婦人科を検索した。

指が震えて検索に思った以上に時間がかかったが近くの病院を見つけ、そのまま電話で問い合わせて明日に予約をした。

ひとつの作業をやり終えて、なにか食べなければと台所に向かったけれど食欲はまったくわかなかった。
< 90 / 173 >

この作品をシェア

pagetop