旅先恋愛~一夜の秘め事~
「……ごめんね。ママだけだけど、一生懸命あなたを守るから」


いつかこの子が大きくなったとき、暁さんについて話せたらいい。

ママが心から愛した素敵な人だと伝えたい。

まだ産まれてもいないのに気が早すぎる?


もう、社外で暁さんと会うのはやめよう。

お互いのために離れるのが一番だ。


行きかう人々の邪魔にならないよう気をつけつつ、立ち止まりスマートフォンをバッグから取り出す。


【大事にしたい人がいるので、社外ではもう会いません】


病院に向かう途中、ずっと考えていた文章を震える指で打ち込む。

漏れそうになる嗚咽を堪えながらの作業はうまく捗らない。

社内で顔を合わせるので、別れの挨拶じみたものは不要かもしれない。

けれど私なりのけじめを、区切りを、きちんと理由を添えてつけたかった。

たとえほかに好きな人ができたと誤解されたとしても、彼の恋を邪魔したくない。

視界が滲むのを誤魔化すように瞬きを繰り返し、家路を急いだ。


自宅マンションのエントランスに到着すると、長身の人影が目に入った。


「唯花」


耳に馴染んだ声に名前を呼ばれ、肩が跳ねる。


なんで……ここにいるの?


「おかえり」


長い足でゆっくり近づく暁さんから離れるように、咄嗟に後ずさった。


「なんで逃げる?」


秀麗な容貌が不機嫌そうに少し歪む。


「逃げて、なんか……」


「体調が悪いのにどこに行っていた? さっきのメッセージはなんだ?」


矢継ぎ早に繰りだされる質問に息を呑む。
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