旅先恋愛~一夜の秘め事~
「なぜもう会わないんだ? ……俺が簡単に受け入れると思ったか?」


さらに体を退こうとする私より一瞬早く、暁さんの力強い腕が私を捕らえた。


「大事にしたい人って誰だ? どこにいる?」


私を射抜く目には明らかなイラ立ちが滲んでいる。


……大切な人がいるのは暁さんなのに、どうしてそんなに怒るの?


心の中に渦巻く感情は悲しくて口にできない。


「は、離して……!」


まだ下校や退社には早い時間帯のせいか、周囲に人影は見当たらない。

エントランスから目立ちにくい場所へと手を引かれる。

逃れようともがく私の腕からバッグが地面に滑り落ちた。

中身が少し出てしまった気がするが、今は拾い上げる余裕がない。


「離すわけないだろう!」


普段冷静な暁さんらしくない強い語気に、目を見張る。

動きを止めた私を、背骨が軋むほど強く自分の胸に抱き込み、絞り出すような声で問いかけてくる。


「なんで……電話に出ない? 誰かになにか言われた? どれだけ心配したと……!」


秘書室長から私の早退報告を受けた後、暁さんはすぐに連絡をくれていたらしい。

何度電話をしてもつながらず、倒れていないか気が気じゃなかったと言われた。

朝一番の飛行機で東京に戻っているときに、再び秘書室長から私と連絡が取れたと報告されたそうだ。

その後、会社に置いていた愛車で、急ぎここまで駆けつけたという。
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