住めば都の最下層 ~彩花荘の人々~
10、風鈴市の日
「おーい蓮人! 響子! 風鈴だ、風鈴を見に行くぞ!」
朝食後、各々が部屋でのんびりしていると、秀男さんの大きな声が廊下に響いた。
風鈴? なんのことだろう。
私は部屋を出て、秀男さんにたずねた。
「秀男さん、風鈴ってなんですか? どこかのお店で風鈴の販売でも始めたんですか?」
「違うんだよ響子! これを見ろ、これ!」
秀男さんが一枚のビラを手渡してきた。そこには大きく『風鈴市』と書かれている。
開催日は今日、場所は運動公園らしい。
「風鈴、市……?」
「そうだ! 毎日お祭りのこの裏御神楽町でも、年に一回しか開催されないイベントのひとつだ。全国から風鈴が集まって、そりゃあ良い眺めだぞ!」
「へぇ、全国から風鈴が集まる……。なんだかすごそう。見てみたいかも」
「だろ! オレは毎年この日を楽しみにしてるんだ! おーい蓮人! お前も来るだろ!」
名前を呼ばれた蓮人くんが、部屋を開けて出てくる。
「オレはネトゲ……と言いたいとこだけど。風鈴市はまぁオレも嫌いじゃないし、行くよ」
「ようし、決まりだ! 風鈴市の今日は運動公園でも屋台が出るからな! 普段食わないものも食えるし一石二鳥だ! 昼前になったら行くぞ!」
そう告げると、秀男さんはドタドタと自分の部屋に戻っていった。
なんだか秀男さんのノリがお神輿のときとおんなじパターン。
「ふぅ、やかましいことで。でもまぁ風鈴市は良いイベントだ。楽しみにしていると良い。運動公園の海から流れる浜風に鳴る風鈴がまた耳に心地よくてな」
今回は蓮人くんもまんざらでもないらしい。微笑みを浮かべてそういうと、彼もまた部屋に戻っていった。
「風鈴市か、どんなイベントだろ。風鈴を一度にたくさん見るなんて初めて。楽しみだな」
私もお昼前まで、もう少しゴロゴロしたあと、お化粧と着替えをして準備を済ませる。
秀男さんと蓮人くんも台所のテーブルに集合して、三人で風鈴市に向かった。
道中、増宮米店の前でお出かけ着の都子さんと出会った。
「あっ、都子さん! 都子さんも風鈴市ですか?」
「あらぁ響子ちゃん。それに秀男さんに蓮人くんもお揃いで。せやせや、風鈴市にはなぁ、厄除けや商売繁盛を願った風鈴も出るんや。増宮さんに店番を頼んで、アタシも縁起の良い風鈴を買いに行くんよ」
「そうなんですね、それならいっしょに行きましょう!」
「ええ、もちろんよ。いっしょに行きましょ!」
都子さんが微笑むと、秀男さんがおどけてみせる。
「都子さんと風鈴を見に行くたぁ、贅沢な道行きになったなぁ! なぁ蓮人!」
「べつに……いつも米を買うので都子さんには会ってるじゃん」
「米買いに行くのと風鈴見に行くんじゃ雅さが違うっての!」
「うふふ、秀男さん嬉しいこと言うてくれますわぁ、よろしくなぁ」
都子さんも加わって、四人で運動公園に向かう。
到着した運動公園はいつものアスレチックなどは出店に隠れて見当たらず、そこに即席の工事の足場のような土台が組まれている。私たちの頭上まであるくらいの高さだ。
そしてそのうえには目の粗いすだれが日よけとしてびっしり敷かれている。
天井にすだれというのも不思議だな、と思ったけれど、それは風鈴市の中を見てみることでよくわかった。
目の粗いすだれならば、天井に風鈴を吊るすことが出来るのだ。皆、その吊るされた風鈴を見て楽しんでいる。日よけにもなり、風鈴を吊るすことも出来るアイテム。これはよく考えられている。
「よっしゃ! 今年もやってるやってる! 盛況だな!」
「そうねぇ、活気があって良いわぁ。イベントに敏感なのはさすが裏御神楽町ねぇ」
「人混みに酔いそうだ。中央公園の祭りの比じゃねーな」
「そりゃあ、祭りは毎日やってるが、風鈴市は一年に一度だからな!」
運動公園いっぱいに広がった即席の出店に、所狭しと風鈴が並べられている。
浜風を受けて、その風鈴たちが美しい音色を奏でていた。まるで風鈴の合唱だ。
「とりあえず、一通り風鈴を見ていこうぜ! んで、屋台で昼飯でも食いながらお気に入りを決めるとしようか!」
「さんせーい! アタシも屋台でお昼を済ませるつもりだったからちょうど良いわ」
「それじゃあ、さっそく行きましょう!」
はやく風鈴が見たくって、私は心持ち早足になって屋台に向かっていく。
皆もそのあとに続いて進んでいった。入り口では冷えたお茶も配られている。今日も暑いので、嬉しい心配りだ。
四人で小さな紙コップに入れられたお茶を飲んで、いざ風鈴市へ。
「スゴイ! 風鈴って言ってもいろいろなものがあるんですね!」
「なんてったって全国から集まるからなぁ。見ているだけで壮観だ!」
「まぁ、悪くない光景だね。普段の祭りとはまた違った味がある」
「はぁ、音色を聴いてるだけで心が洗われそうやわぁ。ほな、入り口から順番に見てこうや」
皆で並んで数え切れないほどの風鈴を眺めていく。
時には風鈴にぶら下がったヒモを鳴らし、その音に耳を傾けたりもした。
「普通の風鈴からガラス細工に、木彫りに、ご当地の鉄器で作られたものまで。スゴイ!」
「おい! あっちには海外で作られた風鈴コーナーなんてのもあるぜ! 見てみよう!」
「秀男さん、途中でよそ行くとどこまで見たかわからなくなるから、順番にな」
「ふふっ、相変わらず秀男さんはせっかちだわぁ」
風鈴の中には羽飾りが付けられていて、それが風に吹かれるたびに回転するようなものまである。それが鳥を模した風鈴で、まるで今にも飛び立ちそうであった。
一店一店、ゆっくりと出店を回っていく。
ひとくちに風鈴と言っても作りも音もまったく違って、私には新鮮な驚きであった。
ステンドグラスで作られた風鈴は、音色はちょっと固めだけど、光に照らされるたびにいろんな色で輝いてキレイ。何本もの小さな鉄筋のように鈴が並べられた風鈴は、風が吹くたびにシャラランとメロディーを奏でる。
同じ形で作られた風鈴も、よく聞くと一個一個音が違う。
手作りなので、ガラスの具合いでそれぞれに音が変わってくるのだそうだ。
「風鈴って形も音もこんなにいろいろ種類があるんですねぇ」
「目移りしちまうよな。どれも涼しげで良い感じだぜ。かっー! 夏だねぇ!」
「音色を聞き分けるのが面白い。どれも同じに見えて、全部違う。興味深いな」
「こんなんだったら年に何度か開催して欲しいわぁ、選びきれんもんなぁ」
海外の風鈴は十字架の下に鐘が模してあったりと、お国柄が出ていてこっちも面白い。
私たちはおしゃべりに花を咲かせながら、楽しく風鈴を見て回った。
すだれの屋根は思いのほか日差しをさえぎってくれて、海からの風を涼しく感じながらゆっくり見れたこともありがたい。このイベントは中央公園より、断然運動公園向きだ。
一通り風鈴を見た後は、お昼休憩。
秀男さんは張り切っていろんな屋台を回っている。私は牛串し焼きに惹かれたけど、都子さんの前で大口開けてお肉食べるの恥ずかしいなぁ、なんて思っていたら「大串しええなぁ、アタシと半分こしよか!」と都子さん。
彩花荘ではぜんぜんお肉食べられないこと、察してくれたのだろうか。
ありがたくお言葉に甘え、大串しを購入。さすがにそれを半分こだけではお昼に足りないので、屋台を回って肉おにぎりを買った。ここぞとばかりにお肉を摂取!
秀男さんは広島焼きに焼きそばにとがっつりご飯。蓮人くんは暑かったのか、冷やしキュウリをかじっている。それだけでお昼足りるのかな?
都子さんはお好み焼き。一口分けてもらっちゃった、美味しい!
皆でベンチでお昼を済ませたあとは、いよいよ風鈴の品定めだ。
どれも良いものばっかりだったから、何を買うか迷うな。
「都子さんは厄除け、商売繁盛ですよね。私たちも彩花荘に何か買って帰ろうよ」
「そうだな、せっかくだしいいんじゃねぇか!」
「まぁ、そうそうない機会だしね」
まずは何を買うか決まっている都子さんの風鈴から。川崎大師から取り寄せたという厄除けだるま風鈴だ。川崎という地元の名前が出て、私は内心動揺した。
厄除けだるまコーナーには、いろんな色をしただるま風鈴が並んでいる。デザインは同じで、だるまさんがずらっと並んでいるのは見物である。
「あーん、どれがええかなぁ。アタシ今ひとつ音感なくってなぁ。蓮人くん、耳良さそうだし蓮人くんが良い音するやつ選んでや」
「まぁ、いいですけど……。ふむ……」
蓮人くんがだるま風鈴をひとつひとつ、鳴らしてその音色を確かめる。
そして赤いだるまさんの風鈴のひとつを指さして言った。
「これが良いと思います。響く音が高すぎず、音色も澄んでいる。軒先に飾っても良い感じになると思いますよ」
「ありがとうなぁ、蓮人くんの耳を信じるで! それじゃあ、これでお願いします」
都子さんが店番のひとに声をかけ、厄除けだるまを購入する。厄除けだるまには簡単な紙のお札がおまけでついてくるらしい。これを風受けに使うのだという。都子さんは黄色いお札をチョイスした。
さて私たちはというと、私がひとつ気になっている風鈴があった。
皆でそれを見に行くことに。
「これこれ! 金魚鉢の形してて可愛いんです。いろんな色の金魚が泳いでるみたいに細工してあるのもステキ!」
「おう! 涼し気でいいじゃねぇか! オレはこれで構わねぇぜ!」
「どれ……音も悪くないな。まぁ、オレも別にこれでいいよ」
「やったぁ! じゃあこれにしましょう!」
全会一致、とまではいかなくともふたりも納得してくれたようだ。
出店の店員さんに声を掛け、金魚鉢形の風鈴をすだれから外してもらう。
「はい、じゃあ、これ。三千円ね!」
「はーい、えーっとお財布お財布……」
「あ、いっけねぇ! オレもう三千円残ってないわ……」
「こういうのでもたつくの、一番恥ずかしいから。これでお願いします」
蓮人くんがさっさと五千円札を出して、御釣りと風鈴を受け取る。
こうして、私たちと都子さんはそれぞれにお目当ての風鈴を無事ゲットすることが出来た。
「ごめんね蓮人くん、彩花荘に戻ったらお金渡すから」
「オレも家に帰ればちっとは金が残ってる! それで払う!」
「はいはい、よろしく頼みますよ」
「ほな、アタシは風鈴も買えたし、いつまでも増宮さんにだけ店番させとくワケにはいかんから帰ろうかなぁ。三人はこれからどうするん?」
都子さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「えっと、私たちも目的は果たしたし、風鈴市も堪能したし……」
「そうだなぁ、暑いしそろそろ帰るか!」
「オレもネトゲしたい、賛成」
「じゃあ、皆で途中まで一緒にかえろか」
風鈴市を後にして、四人で歩き出す。後ろからは今も風に揺られてたくさんの風鈴の音が聞こえてくる。太鼓を叩いたときにお祭りを見下ろしたときも幻想的な景色だと思ったけど、風鈴が一斉に鳴り響く様も夢の世界に来たように魅力的だ。
「ほな、またね。皆! 今日は三人のおかげで楽しかったわ」
「都子さん、また! 今度の出勤もよろしくお願いします!」
「はいはい、また店でなぁ」
増宮米店で都子さんと別れ、私たちも家路についた。
彩花荘につくと私たちは、さっそく買ってきた風鈴を台所の窓に吊るした。
窓からは夏らしい暖かな風が入り込んでくる。そのたびに金魚鉢形の風鈴が『リーン、リーン』と音を立てる。うん、なんだかとっても涼しげな音!
「わぁ、とっても良い感じ! それじゃあ、はい、蓮人くんお金。千円で良い?」
「オレも部屋から千円取ってくる、待ってろ!」
「まぁ、ここは割り勘でひとり千円っしょ。いいんじゃない?」
秀男さんがドタバタと二階の部屋に行った。そしてすぐに二階から駆け降りるようにして秀男さんが戻ってきた。
「蓮人ー! ほれ、千円! 幸い札があったんで恰好ついたぜ!」
「秀男さん、そんなしわくちゃな札じゃぜんぜん恰好ついてないっての」
「あはは! それは言えてるかも。こうやって、毎年風鈴を一個ずつ増やせて行けたらとっても良い感じになるね」
「ばぁか、そのうち集まりまくってうるさくて仕方なくなるだろ、どうせ」
「いいじゃねぇか! にぎやかな彩花荘、オレは大歓迎だぜ!」
「はいはい、まぁオレはネトゲしてるときはヘッドフォンしてるし、気にしないけどね。それじゃあ、ネトゲするから」
そういってお金を受け取った蓮人くんが部屋に向かって歩き出していく。
「オレたちも夕飯まで一休みするか! 暑い中疲れたしな!」
秀男さんもあとに続いて廊下を進んでいく。
私はもう一度台所の窓に目を向けた。
リーン、と涼しげな音が彩花荘に響く。
毎年、皆でお気に入りの風鈴を選んで増やしていったらどんなに良いだろう。
ずっとここにいると決めたワケではない。だけど、そんな想像が私の脳裏をよぎった。
「まだ、午後をちょっと過ぎただけだけど……今日もとっても良い一日だったな」
彩花荘で、裏御神楽町で過ごす日々は、まるで夢のようだ。
部屋へ向かう。リーン、という風鈴の音色が、私の背中を見送ってくれた。
「おーい蓮人! 響子! 風鈴だ、風鈴を見に行くぞ!」
朝食後、各々が部屋でのんびりしていると、秀男さんの大きな声が廊下に響いた。
風鈴? なんのことだろう。
私は部屋を出て、秀男さんにたずねた。
「秀男さん、風鈴ってなんですか? どこかのお店で風鈴の販売でも始めたんですか?」
「違うんだよ響子! これを見ろ、これ!」
秀男さんが一枚のビラを手渡してきた。そこには大きく『風鈴市』と書かれている。
開催日は今日、場所は運動公園らしい。
「風鈴、市……?」
「そうだ! 毎日お祭りのこの裏御神楽町でも、年に一回しか開催されないイベントのひとつだ。全国から風鈴が集まって、そりゃあ良い眺めだぞ!」
「へぇ、全国から風鈴が集まる……。なんだかすごそう。見てみたいかも」
「だろ! オレは毎年この日を楽しみにしてるんだ! おーい蓮人! お前も来るだろ!」
名前を呼ばれた蓮人くんが、部屋を開けて出てくる。
「オレはネトゲ……と言いたいとこだけど。風鈴市はまぁオレも嫌いじゃないし、行くよ」
「ようし、決まりだ! 風鈴市の今日は運動公園でも屋台が出るからな! 普段食わないものも食えるし一石二鳥だ! 昼前になったら行くぞ!」
そう告げると、秀男さんはドタドタと自分の部屋に戻っていった。
なんだか秀男さんのノリがお神輿のときとおんなじパターン。
「ふぅ、やかましいことで。でもまぁ風鈴市は良いイベントだ。楽しみにしていると良い。運動公園の海から流れる浜風に鳴る風鈴がまた耳に心地よくてな」
今回は蓮人くんもまんざらでもないらしい。微笑みを浮かべてそういうと、彼もまた部屋に戻っていった。
「風鈴市か、どんなイベントだろ。風鈴を一度にたくさん見るなんて初めて。楽しみだな」
私もお昼前まで、もう少しゴロゴロしたあと、お化粧と着替えをして準備を済ませる。
秀男さんと蓮人くんも台所のテーブルに集合して、三人で風鈴市に向かった。
道中、増宮米店の前でお出かけ着の都子さんと出会った。
「あっ、都子さん! 都子さんも風鈴市ですか?」
「あらぁ響子ちゃん。それに秀男さんに蓮人くんもお揃いで。せやせや、風鈴市にはなぁ、厄除けや商売繁盛を願った風鈴も出るんや。増宮さんに店番を頼んで、アタシも縁起の良い風鈴を買いに行くんよ」
「そうなんですね、それならいっしょに行きましょう!」
「ええ、もちろんよ。いっしょに行きましょ!」
都子さんが微笑むと、秀男さんがおどけてみせる。
「都子さんと風鈴を見に行くたぁ、贅沢な道行きになったなぁ! なぁ蓮人!」
「べつに……いつも米を買うので都子さんには会ってるじゃん」
「米買いに行くのと風鈴見に行くんじゃ雅さが違うっての!」
「うふふ、秀男さん嬉しいこと言うてくれますわぁ、よろしくなぁ」
都子さんも加わって、四人で運動公園に向かう。
到着した運動公園はいつものアスレチックなどは出店に隠れて見当たらず、そこに即席の工事の足場のような土台が組まれている。私たちの頭上まであるくらいの高さだ。
そしてそのうえには目の粗いすだれが日よけとしてびっしり敷かれている。
天井にすだれというのも不思議だな、と思ったけれど、それは風鈴市の中を見てみることでよくわかった。
目の粗いすだれならば、天井に風鈴を吊るすことが出来るのだ。皆、その吊るされた風鈴を見て楽しんでいる。日よけにもなり、風鈴を吊るすことも出来るアイテム。これはよく考えられている。
「よっしゃ! 今年もやってるやってる! 盛況だな!」
「そうねぇ、活気があって良いわぁ。イベントに敏感なのはさすが裏御神楽町ねぇ」
「人混みに酔いそうだ。中央公園の祭りの比じゃねーな」
「そりゃあ、祭りは毎日やってるが、風鈴市は一年に一度だからな!」
運動公園いっぱいに広がった即席の出店に、所狭しと風鈴が並べられている。
浜風を受けて、その風鈴たちが美しい音色を奏でていた。まるで風鈴の合唱だ。
「とりあえず、一通り風鈴を見ていこうぜ! んで、屋台で昼飯でも食いながらお気に入りを決めるとしようか!」
「さんせーい! アタシも屋台でお昼を済ませるつもりだったからちょうど良いわ」
「それじゃあ、さっそく行きましょう!」
はやく風鈴が見たくって、私は心持ち早足になって屋台に向かっていく。
皆もそのあとに続いて進んでいった。入り口では冷えたお茶も配られている。今日も暑いので、嬉しい心配りだ。
四人で小さな紙コップに入れられたお茶を飲んで、いざ風鈴市へ。
「スゴイ! 風鈴って言ってもいろいろなものがあるんですね!」
「なんてったって全国から集まるからなぁ。見ているだけで壮観だ!」
「まぁ、悪くない光景だね。普段の祭りとはまた違った味がある」
「はぁ、音色を聴いてるだけで心が洗われそうやわぁ。ほな、入り口から順番に見てこうや」
皆で並んで数え切れないほどの風鈴を眺めていく。
時には風鈴にぶら下がったヒモを鳴らし、その音に耳を傾けたりもした。
「普通の風鈴からガラス細工に、木彫りに、ご当地の鉄器で作られたものまで。スゴイ!」
「おい! あっちには海外で作られた風鈴コーナーなんてのもあるぜ! 見てみよう!」
「秀男さん、途中でよそ行くとどこまで見たかわからなくなるから、順番にな」
「ふふっ、相変わらず秀男さんはせっかちだわぁ」
風鈴の中には羽飾りが付けられていて、それが風に吹かれるたびに回転するようなものまである。それが鳥を模した風鈴で、まるで今にも飛び立ちそうであった。
一店一店、ゆっくりと出店を回っていく。
ひとくちに風鈴と言っても作りも音もまったく違って、私には新鮮な驚きであった。
ステンドグラスで作られた風鈴は、音色はちょっと固めだけど、光に照らされるたびにいろんな色で輝いてキレイ。何本もの小さな鉄筋のように鈴が並べられた風鈴は、風が吹くたびにシャラランとメロディーを奏でる。
同じ形で作られた風鈴も、よく聞くと一個一個音が違う。
手作りなので、ガラスの具合いでそれぞれに音が変わってくるのだそうだ。
「風鈴って形も音もこんなにいろいろ種類があるんですねぇ」
「目移りしちまうよな。どれも涼しげで良い感じだぜ。かっー! 夏だねぇ!」
「音色を聞き分けるのが面白い。どれも同じに見えて、全部違う。興味深いな」
「こんなんだったら年に何度か開催して欲しいわぁ、選びきれんもんなぁ」
海外の風鈴は十字架の下に鐘が模してあったりと、お国柄が出ていてこっちも面白い。
私たちはおしゃべりに花を咲かせながら、楽しく風鈴を見て回った。
すだれの屋根は思いのほか日差しをさえぎってくれて、海からの風を涼しく感じながらゆっくり見れたこともありがたい。このイベントは中央公園より、断然運動公園向きだ。
一通り風鈴を見た後は、お昼休憩。
秀男さんは張り切っていろんな屋台を回っている。私は牛串し焼きに惹かれたけど、都子さんの前で大口開けてお肉食べるの恥ずかしいなぁ、なんて思っていたら「大串しええなぁ、アタシと半分こしよか!」と都子さん。
彩花荘ではぜんぜんお肉食べられないこと、察してくれたのだろうか。
ありがたくお言葉に甘え、大串しを購入。さすがにそれを半分こだけではお昼に足りないので、屋台を回って肉おにぎりを買った。ここぞとばかりにお肉を摂取!
秀男さんは広島焼きに焼きそばにとがっつりご飯。蓮人くんは暑かったのか、冷やしキュウリをかじっている。それだけでお昼足りるのかな?
都子さんはお好み焼き。一口分けてもらっちゃった、美味しい!
皆でベンチでお昼を済ませたあとは、いよいよ風鈴の品定めだ。
どれも良いものばっかりだったから、何を買うか迷うな。
「都子さんは厄除け、商売繁盛ですよね。私たちも彩花荘に何か買って帰ろうよ」
「そうだな、せっかくだしいいんじゃねぇか!」
「まぁ、そうそうない機会だしね」
まずは何を買うか決まっている都子さんの風鈴から。川崎大師から取り寄せたという厄除けだるま風鈴だ。川崎という地元の名前が出て、私は内心動揺した。
厄除けだるまコーナーには、いろんな色をしただるま風鈴が並んでいる。デザインは同じで、だるまさんがずらっと並んでいるのは見物である。
「あーん、どれがええかなぁ。アタシ今ひとつ音感なくってなぁ。蓮人くん、耳良さそうだし蓮人くんが良い音するやつ選んでや」
「まぁ、いいですけど……。ふむ……」
蓮人くんがだるま風鈴をひとつひとつ、鳴らしてその音色を確かめる。
そして赤いだるまさんの風鈴のひとつを指さして言った。
「これが良いと思います。響く音が高すぎず、音色も澄んでいる。軒先に飾っても良い感じになると思いますよ」
「ありがとうなぁ、蓮人くんの耳を信じるで! それじゃあ、これでお願いします」
都子さんが店番のひとに声をかけ、厄除けだるまを購入する。厄除けだるまには簡単な紙のお札がおまけでついてくるらしい。これを風受けに使うのだという。都子さんは黄色いお札をチョイスした。
さて私たちはというと、私がひとつ気になっている風鈴があった。
皆でそれを見に行くことに。
「これこれ! 金魚鉢の形してて可愛いんです。いろんな色の金魚が泳いでるみたいに細工してあるのもステキ!」
「おう! 涼し気でいいじゃねぇか! オレはこれで構わねぇぜ!」
「どれ……音も悪くないな。まぁ、オレも別にこれでいいよ」
「やったぁ! じゃあこれにしましょう!」
全会一致、とまではいかなくともふたりも納得してくれたようだ。
出店の店員さんに声を掛け、金魚鉢形の風鈴をすだれから外してもらう。
「はい、じゃあ、これ。三千円ね!」
「はーい、えーっとお財布お財布……」
「あ、いっけねぇ! オレもう三千円残ってないわ……」
「こういうのでもたつくの、一番恥ずかしいから。これでお願いします」
蓮人くんがさっさと五千円札を出して、御釣りと風鈴を受け取る。
こうして、私たちと都子さんはそれぞれにお目当ての風鈴を無事ゲットすることが出来た。
「ごめんね蓮人くん、彩花荘に戻ったらお金渡すから」
「オレも家に帰ればちっとは金が残ってる! それで払う!」
「はいはい、よろしく頼みますよ」
「ほな、アタシは風鈴も買えたし、いつまでも増宮さんにだけ店番させとくワケにはいかんから帰ろうかなぁ。三人はこれからどうするん?」
都子さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「えっと、私たちも目的は果たしたし、風鈴市も堪能したし……」
「そうだなぁ、暑いしそろそろ帰るか!」
「オレもネトゲしたい、賛成」
「じゃあ、皆で途中まで一緒にかえろか」
風鈴市を後にして、四人で歩き出す。後ろからは今も風に揺られてたくさんの風鈴の音が聞こえてくる。太鼓を叩いたときにお祭りを見下ろしたときも幻想的な景色だと思ったけど、風鈴が一斉に鳴り響く様も夢の世界に来たように魅力的だ。
「ほな、またね。皆! 今日は三人のおかげで楽しかったわ」
「都子さん、また! 今度の出勤もよろしくお願いします!」
「はいはい、また店でなぁ」
増宮米店で都子さんと別れ、私たちも家路についた。
彩花荘につくと私たちは、さっそく買ってきた風鈴を台所の窓に吊るした。
窓からは夏らしい暖かな風が入り込んでくる。そのたびに金魚鉢形の風鈴が『リーン、リーン』と音を立てる。うん、なんだかとっても涼しげな音!
「わぁ、とっても良い感じ! それじゃあ、はい、蓮人くんお金。千円で良い?」
「オレも部屋から千円取ってくる、待ってろ!」
「まぁ、ここは割り勘でひとり千円っしょ。いいんじゃない?」
秀男さんがドタバタと二階の部屋に行った。そしてすぐに二階から駆け降りるようにして秀男さんが戻ってきた。
「蓮人ー! ほれ、千円! 幸い札があったんで恰好ついたぜ!」
「秀男さん、そんなしわくちゃな札じゃぜんぜん恰好ついてないっての」
「あはは! それは言えてるかも。こうやって、毎年風鈴を一個ずつ増やせて行けたらとっても良い感じになるね」
「ばぁか、そのうち集まりまくってうるさくて仕方なくなるだろ、どうせ」
「いいじゃねぇか! にぎやかな彩花荘、オレは大歓迎だぜ!」
「はいはい、まぁオレはネトゲしてるときはヘッドフォンしてるし、気にしないけどね。それじゃあ、ネトゲするから」
そういってお金を受け取った蓮人くんが部屋に向かって歩き出していく。
「オレたちも夕飯まで一休みするか! 暑い中疲れたしな!」
秀男さんもあとに続いて廊下を進んでいく。
私はもう一度台所の窓に目を向けた。
リーン、と涼しげな音が彩花荘に響く。
毎年、皆でお気に入りの風鈴を選んで増やしていったらどんなに良いだろう。
ずっとここにいると決めたワケではない。だけど、そんな想像が私の脳裏をよぎった。
「まだ、午後をちょっと過ぎただけだけど……今日もとっても良い一日だったな」
彩花荘で、裏御神楽町で過ごす日々は、まるで夢のようだ。
部屋へ向かう。リーン、という風鈴の音色が、私の背中を見送ってくれた。