住めば都の最下層 ~彩花荘の人々~
5、バイトと浴衣と盆踊り

 彩花荘に来て一週間。ここでの暮らしも慣れてきた。
 当番制でやることもあるが、お米研ぎやゴミ捨て、掃除くらいで大して時間がかからない。蓮人くんはネトゲ三昧だし、秀男さんはたまにふらっと日雇いの仕事に行くが、それ以外は部屋で寝てたり、たまに少しお酒を飲んだり。
「毎日お祭りをやっているっていっても、さすがに見飽きて来ちゃったな」
 出ている屋台には変わり映えがないし、ウキウキする気持ちも少し落ち着いてきた。
 なぜか、公園の端っこにある輪投げ屋さんだけは出店していたりいなかったりしたが、見かけた時は輪投げに挑戦するようにしていた。
 まだ一度も真ん中の棒には輪っかを入れられていない。いつも、どこか懐かしいキャンディーをもらって帰ってくる。
 部屋にいる時間が増えてきたが、このままじゃまた暗いことを考えてしまいそうだなぁ……なんて不安もあって、私はお米の買い出し当番のときに都子さんに相談してみた。
「はぁ~、なるほどなぁ。毎日彩花荘に居ても、夏休み気分には浸れないのかねぇ。まぁ、先住民のふたりがマイペースやからなぁ……」
「毎日楽しくはあるんです、一緒に食事をしたり挨拶をしたり。でも空き時間も長くって」
 私の言葉に、都子さんはふぅむ、と顔を上に向けてから言った。
「ほな、響子ちゃんうちでバイトせぇへん? 週に三日も来てくれればいいから。そしたらちょうどええくらいにお仕事も生活も、お祭りまわりも出来るんやない?」
「えっ、アルバイトですか? いいんですか、急に押し掛ける形でそんな!」
 都子さんの突然の提案に、私は目を丸くした。
 確かに、私の貯金もまだまだそれなりにはあるけれど、ちょっとずつ減っているのは確かだ。この旅立ちの夏休みにお金を節約出来ればそれに越したことはない。
「ええのええの、私もちょっとゆっくりしたいなぁって思っていたし、響子ちゃんなら安心して任せられるわ。ねぇ、いいでしょ増宮さん?」
 都子さんが店の奥に語りかけると、「ああ」という低い落ち着いた男性の声が返ってきた。そこで私たちはその場でどういう勤務形態にするか話し合って、いろいろと決めた。
「ほなら決まりや! 明日からでも、うちで働けばええ。そのときは都子さんがゆっくりする時間ってことでアタシも久しぶりにお祭りに行ったりするわ」
 急な申し出だったけど、同僚が都子さんなら申し分がない。奥に居る増宮さんというひとは謎だけど……。
「それじゃあ、お願いいたします!」
「これからよろしくなぁ。増宮米店もにぎやかに華やかになるで!」
「あ、でも今はお米の買い出しに来たから、明日から出良いですか?」
「もちろんよ。ほな、お決まりのジャンケンしよか?」
 都子さんが「じゃーんけーん……」と言っている間、都子さんの手は固く握りしめられていた。これはグーだな……と察した私は「ポン!」という掛け声とともにパーを出す。
「あらぁ、今日も負けてもうた。響子ちゃんはジャンケンが強いなぁ。響子ちゃんがうちで働く時は、ジャンケン担当は響子ちゃんにお願いしようかなぁ」
 その方が勝率はきっとあがりますね、という言葉を飲み込んで愛想笑いを返す。
 そうしておなじみのお米十キロを受け取って、炎天下のなか彩花荘に帰った。
 ちょうど玄関前に菜園の手入れをしている蓮人くんがいたので、私は一応バイトのことを報告しておくことにした。
「蓮人くん、私今度から週に三日くらい増宮米店でアルバイトすることにしたから」
「へぇ。ここに居つくのか。まぁお前が決めることだ、好きにしろ」
 蓮人くんは相変わらずクールだ。それにしても「まぁ」っていうのは蓮人くんの口癖だな。ネトゲ以外にはあんまり興味はないのかな、彼は。なんてことを発見しながらお米を台所に置く。
 明日から出勤という話もまとまっていたので、私はどこかそわそわした気持ちになっていた。時給も、悪くない額を提示してくれていたのだ。
 そして翌日、私は最初の出勤日を迎えた。
 増宮米店は思ったほど客足が多くなく、都子さんと雑談する機会も自然と増える。
「そういえば、響子ちゃんはお祭りの踊りには一回でも参加したん?」
 都子さんの問いかけに、私は首を振った。
「いいえ。何度も見る機会はありましたが、まだ一度も参加してないです。それに私、着物や浴衣も持ってないですし」
「そらいかんわぁ。この裏御神楽町に来たからには一回くらい踊らんと。見るより参加する方がずっと楽しいんよ」
「そうなんですね。うーん、ちょっと恥ずかしいけど参加してみようかなぁ……」
 悩む私に、都子さんが思いついたように声をあげた。
「そや、私の浴衣貸してあげるから、明日にでも一緒に参加しよ。明日はうち休みなんよ。ちょうどよい機会だし、なぁ?」
「浴衣まで貸してもらえるんですか、それなら……」
 楽しそうに踊るひとたちには興味があった。それに、夏のお祭りとくれば浴衣だって着てみたい。私は都子さんの提案を受けることにした。
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて、浴衣お借りして踊ってみたいです!」
「そやそや、その意気やで。せっかくだから彩花荘のふたりも誘ってきいや。明日の夕方、うちの店の前までおいでぇな。浴衣、着付けてあげるから」
 嬉しい申し出に、気持ちがあがる。あのふたりが素直に来るかはわからないけど、踊りには参加してみたくなった。ただ、踊りの振りつけがぜんぜんわからない。
 そのことを都子さんに伝えると、都子さんは笑っていった。
「ダンスイベントや難しい舞いでもなんでもあらへん、お祭りの、誰でも参加できるような簡単な振りつけや。太鼓の音さえよく聞いていれば簡単簡単。ほな、今からささっと踊りの形をレクチャーしたろか」
 そういうと都子さんは私と向かい合った。お客さんは依然やってこない。
「太鼓のトトン、トトンって音に合わせて腕をこう左右に振り上げるだけ。簡単やろ」
「はぁ、それだけなんですか?」
「そや、あとは出舞台のまわりの円をゆっくりグルグル回っていくだけや。もし迷っても、アタシが響子ちゃんの前で踊るからその仕草をまねればええ。町内会のお祭りの踊りなんて、ゆるいもんやで」
 都子さんに簡単なレクチャーを受けていると、その日のバイト時間は終わった。
 そして彩花荘に帰って夕飯時、私は明日都子さんに踊りに誘われたから一緒にどうだとふたりを誘った。
「うまい! うまい! 盆踊りかぁ、久しく参加してねぇなぁ。せっかく都子さんも来るっていうんだし、オレはぜんぜん構わねぇぜ。皆で踊ろうじゃねぇか!」
「オレはネトゲをやっていたいんだけどなぁ……」
「そんなぁ、蓮人くん。せっかくのお誘いなんだし、皆で行こうよ、ね?」
「まぁ、いいけどさ」
 出た、「まぁ」蓮人くんクセになってるね。
 とにかく、ふたりの了承も得て、私が着付ける間にふたりは増宮米店の前に集合ということで話はまとまった。連絡のためということで、私は秀男さんのガラケーと蓮人くんのスマートフォンの連絡先を教えてもらった。
(そういえば、一緒に住んでちょっとは経つのにふたりの連絡先知らなかったな。秀男さんがガラケーっていうのがいかにもらしいけど)
 私はどんどん浴衣と踊りが楽しみになって行って、その夜は遠足の前の子供みたいにワクワクしながら眠りについた。
 次の日の夕方、私はスマートフォンなど出来るだけ荷物を少なくまとめて増宮米店の裏口でチャイムを押した。
「やぁやぁ響子ちゃん、いらっしゃい。さあ、あがって」
「お邪魔します」
 増宮米店の裏側、居住スペースは思ったより広い、増宮さんの姿は見当たらなかった。
「なにせ女の子の着替えやからなぁ、部屋にこもっててもらったわ」
 そう言って、都子さんが私に浴衣を着付けてくれていく。
 白が基調の浴衣で、朝顔の模様が各所に入っている可愛らしいものだ。紺色の帯が、浴衣全体を子供っぽくしないでよいアクセントになっていた。そして持ってきた小物を入れるために、巾着まで借りてしまった。
「わぁ、とってもカワイイ!」
 私は鏡の前でくるりと一回りして、着せてもらった浴衣を見た。
「私も着替えちゃうから、ちょっと待っててなぁ」
 都子さんが着替えている間に、私は彩花荘のふたりに連絡を送り増宮米店の前に来てくれるようにメッセージを送った。
「はい、お待たせぇ」
「都子さん、着付けるのはやーい! それにすっごくキレイです! 素敵!」
 都子さんの浴衣は新緑の生地に白い花があしらわれたもので、帯は乳白色。
 エメラルドグリーンの心の色をしている都子さんにはとってもピッタリで、私はついつい見とれてしまう。
「あらあら、お世辞でも嬉しいわぁ」
「お世辞なんかじゃありません! とっても似合ってます!」
「ありがとう。ほな行こうか。今ごろ店の前で男連中が待ちくたびれてるかもしれんからなぁ」
 店の裏口を出ると、シャッターの閉まった増宮米店の前に蓮人くんと秀男さん、それに灯里さんの姿もあった。蓮人くんが連絡して、事前に待ち合わせしていたらしい。
 蓮人くんは黒に近い灰色の、秀男さんは紺色の甚兵衛を着ている。浴衣じゃなくて甚兵衛というのが、いかにもこのふたりらしい。
 灯里さんは薄紅色の浴衣に白い帯。帯紐が赤でキレイなワンポイントになっている。
「灯里さん、来てくれたんですね! 浴衣も可愛いっ!」
「詩人さんがネットゲームのなかで誘ってくれたの。今日はご一緒させてね」
「もちろんです、嬉しい1」
 心の色って着る服にも反映されるのかぁって思うほど、皆近い色をチョイスしていた。
 なんだか全員集合って感じで、私の気持ちは早くも浮かれていた。
「あの、皆で集まって写真撮りたいです!」
 ついついそんなことを口走ってしまう。
「ええ、写真撮るのかよ……」
 蓮人くんと秀男さんは恥ずかしがっていたが、私の押しに負けて五人でぎゅっと距離が開かないように並ぶ。そして私は思いっきり手を伸ばしてスマートフォンのカメラのシャッターを切った。
 都子さんの慣れた笑顔、灯里さんの微笑み、蓮人くんのちょっと拗ねたような顔に秀男さんの照れ顔。私はにっこり全力スマイルだ。まだ踊りも始まっていないのに、夏の大切な思い出が出来たみたいでとっても嬉しい!
「それじゃあ、皆で中央公園までいきましょか」
 都子さんの呼びかけで、皆でゆっくり歩き出す。増宮米店から……というか町のどこからでも中央公園はすぐそこだ。伊達に中央と名付けられているワケではない。
「盆踊りなんて、久しぶりだなぁ。楽しみだなぁ、おい!」
「べつに……オレは家でネトゲしてたほうが楽しかったけど……」
「詩人さん、ゲームはいつでも出来るでしょ、皆で集まって踊るなんて楽しみじゃない」
「せやせや、あんまり家の中にばっかおったらキレイなお顔にカビが生えてまうで」
「へーへー。まぁ、たまにはね……」
 皆が口々に言葉を交わしている間に中央公園へと到着する。
「ほなさっそく踊ろうか。出舞台のとこまでいこや」
 都子さんの言葉で公園のまんなかを目指す。夕方を過ぎ、提灯が色とりどりの花を咲かせていた。
「あ、みなさん。あそこ、大きく空いてますよ。あそこで踊りましょう」
 灯里さんが指さした場所は、ちょうど踊っているひとの連なりが途切れている。
「さあさ、踊りの幕開けやね」
「おっしゃあ! いっちょやるぞぉ!」
 空いた場所は大人数でも輪に加わりやすい。都子さんと秀男さんがさっさと輪に加わっていく。私たち三人もあとに続いた。
「響子ちゃん、踊りがわかんなくなったらアタシのマネをするんよ」
 都子さんが私の前に陣取り、そう言ってくれた。五人で踊り出す。
 秀男さんは飛び跳ねんがばかりに元気いっぱいに。
 都子さんは音楽に乗って優雅に浴衣の裾をたなびかせて。
 蓮人くんは踊ってるのか歩いているのかわからないような小さなそぶりで。
 灯里さんはそんな蓮人くんに「もっと踊りましょう?」と話しかけながら。
 私は、初めて経験する盆踊りでやや緊張しながら都子さんの後に続いて。
 五人で大きな出舞台のまわりを、踊りながら何周もしていく。
(ああ、いいなぁ。夏休みって感じ。皆で踊るのってこんなに楽しいんだ!)
 秀男さんはまだまだ元気にしていたが、ひとしきり踊ると皆ちょっと疲れてくる。
 そんなときは、かき氷だ。
「オレはまだ踊るぜ!」
 といって元気よく飛び跳ねる秀男さんを残して、四人でかき氷を食べにいく。
 私はブルーハワイ。都子さんはメロン。蓮人くんはレモンで灯里さんはいちご。
 皆、みごとに好みが分かれていたので四人で笑い合って、ベンチに座ってゆっくり食べる。踊って身体を動かしたあとのかき氷は絶品だ。キーンとするのも心地よい。
「私、こんな大人数でお祭りにきたの初めてです。とっても楽しい。誘ってくださって、ありがとうございます都子さん。灯里さんも蓮人くんも来てくれてありがとう」
「ここはお祭りの町、裏御神楽町やで。いつだってお祭りのお誘い大歓迎や」
「私もこんなにたくさんのひとと来たのは初めて。詩人さん、誘ってくれてありがとう」
「ん、ああ。まぁ、せっかく集まるって言うからな」
 お囃子の音が流れる。太鼓の音が響く。秀男さんの踊ってる影が見えて、皆で浴衣を着て美味しいものを食べている。
 ――なんて幸せなんだろう。
 私はとても満たされた気持ちで、暮れゆく夜の空を見上げた。
 夏の星が私たちを祝福してくれているように、キラリと輝いていた。
< 5 / 15 >

この作品をシェア

pagetop