冷酷王の元へ妹の代わりにやってきたけど、「一思いに殺してください」と告げたら幸せになった

「私の命は、国の物だから」

「オルテンス」
「陛下、どうしました?」


 デュドナに声をかけられて、オルテンスは不思議そうにこてんと首をかしげる。
 その様子を見ている周りのものたちは可愛いなぁと和んでいる。


 場所は食事の場である。オルテンスもデュドナも進んでかかわりあおうとはしていないので、こういう場でしか共にいることはないのである。最もデュドナはオルテンスの行動に対する報告をいつも受けているが。
 今日も美味しそうに食事をとっているオルテンスを見ながら、本当にこんなに食欲旺盛なのに死にたがっているのだろうか? などと思ってしまうデュドナである。しかしオルテンスが矛盾しているように見えても心から死を望んでいることも理解している。


「……お前が死にたがっているのは、国に戻りたくないからか」
「それは陛下に関係がありますか?」
「あるだろう。お前は俺の花嫁候補だ。それに……俺もお前が死ぬのは嫌だと思っている」



 少なくともこうやってともに食事をしたりして過ごしている相手である。
 だからこその本心からの言葉だった。でもそんなことを言われたオルテンスは何だか不思議そうな顔をする。


「陛下は、私が死ぬの嫌? なんで?」


 不思議そうな顔をして、どうしてなのだろうかと問いかけられる。愛されて育ってきた存在ならば、まずはそう言われることに疑問など抱かない。オルテンスはそれだけ誰かに愛されてこなかったのだろう。
 デュドナはその言葉を聞いて、ミオラから言われた「オルテンス様が自分から死なないように愛を囁いて下さい」という言葉を思い起こす。
 しかし、愛などというのは囁きたくない。……でもオルテンスに死んでほしくないと思っている。



「――俺は、お前のことが嫌いではない。そういう相手が死のうとしていたら止めるのは当然だろう」
「……嫌いじゃない? 本当ですか?」


 オルテンスは嫌いじゃないと言われても不思議そうである。


「ああ」
「そっかぁ」


 嫌いじゃないと言われたのが嬉しいのか、オルテンスが少し顔をほころばせる。


「……オルテンス、帰りたくないならこの国にいていいぞ」
「え?」
「祖国に戻りたくないなら、この国に居ればいい。俺の花嫁としてではなくても、国民としていればいい」


 デュドナはオルテンスが喜ぶと思って口にした。けれど、オルテンスは表情を暗くする。
 喜ばれると思っていった言葉をそんな態度なので、デュドナは眉をひそめている。


「……オルテンス、嬉しくないのか?」
「いえ……。私は、この国の人たちが優しくて、心地よいって思います。陛下の言う通り、元の国に戻りたくないとは思ってます。でも……」


 オルテンスは、うつむく。そしてそのまま、言葉を続ける。


「……駄目です。私の命は、国の物だから。勝手にこの国に来るなんて……許されない」


 オルテンスはぶるりっと身体を震わせた。


 もしかしたら勝手にこの国に移住した際に、祖国の者達から酷い目に遭わされると思っているのかもしれない。オルテンスにとってみれば祖国で酷い目に遭わされてきたからこそ、その世界が狭かったからこそ彼らのことが絶対なのだ。怖くて仕方がないと、不安だとそう思っている。
 その様子を見て、デュドナや周りで控えている者たちはそれぞれ反応を示す。怒りに燃えているものや複雑そうな顔をするものもいる。


「オルテンス。その命が国の物だというのは、それはその通りであるかもしれない。でもな、それよりもお前の命はお前のものだ。俺も王だからこそ、この国の為に命を賭ける覚悟はある。だけれどもそれは俺が決めたことだ。それは強制されるものではない」


 ――王族というものは、国のために生きるものだ。それはそれだけの対価を、良い暮らしを受けているからだ。暮らしに伴う義務はある。けれども、その覚悟は周りから強制されるものでもない。
 そもそもその義務は、恐怖で縛るのが当たり前でもない。


「……でも、勝手には」
「お前の元の国の連中に怯えているのか? 脅されているのか? それは気にしなくていい。そいつらが何をいって来ようとも、この国は何も困らない。寧ろ手出しなどさせない」
「……そうなの?」


 オルテンスはそう問いかけて、不思議そうにデュドナを見る。けれどオルテンスには恐怖が刻まれているのか、「やっぱり……勝手には」などという。
 デュドナは「何も気にしなくていい。俺たちはお前を受け入れることが出来る」とそれだけ告げるのだった。だけどやっぱりオルテンスは考えるような素振りをするだけだった。

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