冷酷王の元へ妹の代わりにやってきたけど、「一思いに殺してください」と告げたら幸せになった

「この場所は、いつか覚める夢の世界だから」

「陛下、やっぱり私のこと、一思いに殺してくれませんか」


 オルテンスは本を読んだ翌日、デュドナとの朝食の場で突然そんなことを言う。いきなりの発言にオルテンスを見て癒されている者たちや周りに控えている者たちが挙動不審になっている。


「……お前は、また何を言っているんだ? 俺はお前を殺さないと言っただろう」


 デュドナは訝し気にその金色の瞳をオルテンスに向ける。


 初日に殺されることを望む発言をしていたものの、その後は楽しそうにオルテンスは日向ぼっこをしたり、本を読んだりと穏やかに過ごしていた。侍女たちとも少しずつ打ち解け、その表情が変わるのが可愛いというなんだその感想という報告をデュドナは受けていた。
 楽しそうに過ごしていた少女が、殺されることを望むのはなぜなのか。


 デュドナは少しだけそれが気になった。


「……でも、私は殺してほしいです」


 自ら死を望み、感情のうかがえない黒い目が虚ろに揺れる。
 デュドナは自分を日向ぼっこに誘った時の無邪気さとは一転したオルテンスの様子に動揺する。



「誰かに何かされたか?」
「いいえ。此処の人たちはとっても優しいです」
「なら何か嫌なことでもあったか?」
「いいえ。此処での暮らしはとっても楽しいです」
「……なら、何故、そんな目をしている? 何故、殺されたがる?」


 デュドナはそう問いかけながら、真っ直ぐにオルテンスを見る。
 その場に控える者達がじっと、オルテンスとデュドナの会話を見守っている。


「――この場所は、いつか覚める夢の世界だから」


 オルテンスはそんなことを言った。
 この場所はまるで覚めてしまう夢の世界だと。
 オルテンスにとって、この場所は一時的に存在している場所だ。自分がずっと存在し続ける場所ではない。その場所が心地良すぎることは、オルテンスにとっては複雑な意味合いを持つ。



「夢?」
「はい。……だから、楽しい夢を、穏やかな夢を見ているうちに、私は殺されたい」


 そう告げるオルテンスは、今にも自分から命を落としてしまいそうなほどに儚い雰囲気を身に纏っている。
 まだ十五歳の少女が、誰かに殺されることを望み、その目を虚ろに揺らしている。その事実に見る者は心を揺さぶられてしまう。


「お前は、花嫁候補としてきているがその夢を見続けることを考えてないんだな」
「私は代わりです。陛下の望んだのは私ではないですし、私にそんな価値がないことぐらいわかってますから」


 自分に価値がないと言い切り、諦めたように笑う。

 ――その言葉からもオルテンスの今までの暮らしがうかがえるというものである。育った環境によって人の持つ自信なんて粉々に砕け散ったり、そもそも自尊心が芽生えなかったりするものだ。オルテンスはそういう環境で生きてきた。


「はぁ……。おい、俺はお前を殺す気はない。それと本当に価値がない人間なんていないだろ」
「……そんなことないです。私は価値がないんです」
「ないということはないだろう。この城の一部の連中が、お前……オルテンスを見ていると癒されるって、俺にいってくるんだぞ」
「何言っているんですか??」


 オルテンスは自分に欠片ほども価値があると思っていないので、癒されるなどと思われていることも、全く分かっていない。ミオラたちからよくされているが、ミオラたちから好かれているとも思っていない。



「自覚なしか。少なくともミオラたちはお前に価値を見出している。そもそもその価値というのは、周りからどうこう言われるものではないだろう。そもそもそんなものあろうがなかろうが、自分がそれでよいと思うならそれでいいものだろ」


 オルテンスの言葉に思わずそんな言葉を放ってしまい、デュドナは俺は何を言っているんだろうかなどと思った。


 興味もなく、期間が終われば追い返す予定の花嫁候補。……今までの花嫁候補と同じはずなのに、オルテンスが不思議な雰囲気をかもしだし、周りの人々から気にかけられているのを見て、デュドナも今までの花嫁候補以上にオルテンスと接してしまっていた。


「……陛下って、やっぱり優しいって思います。優しい陛下は、いつか私の事を一思いに殺してくれるって私は信じてますから!」
「だから殺さないって言ってるだろ!」


 思わずデュドナは強く言い返してしまうのだった。




 その食事の後、デュドナは城の者たちに死にたがりの様子のオルテンスが自死しないように見張って置くように指示を出すのであった。
 その指示からして、オルテンスのことを気にかけてしまっているという表れであるが、本人は自覚がない。
< 7 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop