虎の威を借る狐姫と忍び
「主従」
一 出会い
新月の夜。
暗い山道を男が馬を走らせていた。
月も出ていないと言うのに松明すらも持たず、酷く急いでいるようだった。
「はっ、はぁっ。くそっ!」
汗をダラダラと全身から垂らして、目を血走らせている。
時たま悪態をつき、後ろを見ては馬の腹を蹴っては速度を上げさせて、ただひたすらに急がせる。
しかし馬も体力の限界だったのだろう。徐々に速度は落ち、ついにはぐしゃりと膝を折ってしまった。
「ゔっ……!!」
馬の背に乗る男はその衝撃に耐えきれなかった。
馬が倒れるとともに地面に放り出されてしまい、体を強く打った。
痛みに耐えながら馬を見るが、先ほどまで無理をさせていた馬は口から泡を吹いて体をぴくぴくと痙攣させていた。とても男を乗せて走れるような状態ではない。
「くっそ!! は、はあっ、ああ!!」
この場から立ち去ることが出来ないと悟った男は、息を切らせながらも姿勢を正し、腰に下げていた刀をすらりと抜いた。
「来るなら来い……! この南晴正、逃げも隠れもせぬわっ!!」
闇夜に向かって威勢のいい声を張り上げる。
傍から見れば誰もいない木々に向かって怒鳴り、睨みつけており、異様な光景であるだろう。
しかし南は確信していた。この木々の向こうに敵がいることを。
____カァンッ。
「くっ!」
瞬きを一つした瞬間、南に向かって何かが放たれた。
刀でそれを防ぐ。弾かれて地面に刺さったのは、『苦無』だった。
(苦無……、やはり草のものか!?)
ぞくりと背中が寒くなる。
南はより一層刀を握る手の力を強めた。
極度の緊張で息が浅くなっているのが自分でも分かっていたが、あくまでも冷静を装って、敵の出方をうかがう。
どこから来るのか。前か、右か、左か、それとも____。
「______うしろだ」
「なッ!!?」
南の耳が自分のものではない声を拾った。
革に覆われた手が喉元をさわりと撫でた。その何とも言えない感触が気持ち悪い。
驚きのあまり反応が一拍子遅れてしまったが、急いで声の主に斬りかかった。
「……」
斬った感触はない。
声も上げずに敵は南から距離を取る。
「何者だッ」
南は敵に声を飛ばした。
黒づくめの服に、顔も目元しか見えない。いかにも『忍』『忍者』と言われる者たちの風貌をしていた。
問いかけに敵は答えない。当たり前だろう。
しかし南には一つ心当たりがある。
「お前、津路家の草か」
涼し気な目元が、スッと細められた。どうやら正解のようだ。
忍びの表情が崩れたのが可笑しく、つい口がゆがむ。
「暗君と名高い津路為虎(ツジタメトラ)の命か。この南家の土地までご苦労なことだな」
「……貴様には関係ない」
「そうだな。ははっ。まったくだ」
状況に合わずけらけらと笑う南晴正に対して、忍びは少しばかりイラついているようだ。
手元の苦無をくるくると回していて忙しない。
「若いな、忍びよ」
「……」
「いや青いと言うたほうが適切か。元服したばかりと見える」
「黙れ」
「……まあ、良い。さあ、かかってこい!!」
良く見れば少年とも青年ともとれる忍びに、南は体制を整えて刀を向けた。
グッと忍びとの距離が縮まる。相手が近づいてきたためだ。
「くっ……」
「っ!」
至近距離、小刀が南を襲うが、これを弾く。
距離が出来れば、苦無が飛ぶ。寸でのところで躱し、二発目を弾く。
カンカンと甲高い音が木々の間を木霊した。
「ふ、」
「ちぃっ!!」
馬が倒れた時よりも、忍びの攻撃が良く見えた。躱し、弾くことが出来ている。精神的に余裕を取り戻したからだろうか。
なかなか南に止めを刺せないことに忍びもイラつきを隠せないようだ。
勝ちを急いで動きが大振りになったのを、南は見逃さなかった。
(貰った____!)
その隙をついて、一太刀斬りつけた。
「ぐ、ぅっ!?」
身を切った手ごたえを、確かに感じた。
肩を一閃、致命傷には至らないが若い忍びを動揺させるには十分な傷をつけることに成功した。
このまま押し切れる。南はそう確信した。
「これで終いだ。若造」
刀を向けられた忍びはギリギリと悔しそうに南を睨みつけていた。
「__________がっ……?」
しかし、地面に臥していたのは南であった。
背に鈍い痛みを感じる。何が自分の身に起きたのか、正直分からなかった。
「おい以ノ十、おせぇよ」
理解したのは、もう一人別の男の声がしたから。
どうやら自分は背後にいたもう一人の敵に気が付かず、襲われてしまったのだと察した。
ざりざりと足音が南に近づく。
南晴正の記憶は、ここで途絶えた。
暗い山道を男が馬を走らせていた。
月も出ていないと言うのに松明すらも持たず、酷く急いでいるようだった。
「はっ、はぁっ。くそっ!」
汗をダラダラと全身から垂らして、目を血走らせている。
時たま悪態をつき、後ろを見ては馬の腹を蹴っては速度を上げさせて、ただひたすらに急がせる。
しかし馬も体力の限界だったのだろう。徐々に速度は落ち、ついにはぐしゃりと膝を折ってしまった。
「ゔっ……!!」
馬の背に乗る男はその衝撃に耐えきれなかった。
馬が倒れるとともに地面に放り出されてしまい、体を強く打った。
痛みに耐えながら馬を見るが、先ほどまで無理をさせていた馬は口から泡を吹いて体をぴくぴくと痙攣させていた。とても男を乗せて走れるような状態ではない。
「くっそ!! は、はあっ、ああ!!」
この場から立ち去ることが出来ないと悟った男は、息を切らせながらも姿勢を正し、腰に下げていた刀をすらりと抜いた。
「来るなら来い……! この南晴正、逃げも隠れもせぬわっ!!」
闇夜に向かって威勢のいい声を張り上げる。
傍から見れば誰もいない木々に向かって怒鳴り、睨みつけており、異様な光景であるだろう。
しかし南は確信していた。この木々の向こうに敵がいることを。
____カァンッ。
「くっ!」
瞬きを一つした瞬間、南に向かって何かが放たれた。
刀でそれを防ぐ。弾かれて地面に刺さったのは、『苦無』だった。
(苦無……、やはり草のものか!?)
ぞくりと背中が寒くなる。
南はより一層刀を握る手の力を強めた。
極度の緊張で息が浅くなっているのが自分でも分かっていたが、あくまでも冷静を装って、敵の出方をうかがう。
どこから来るのか。前か、右か、左か、それとも____。
「______うしろだ」
「なッ!!?」
南の耳が自分のものではない声を拾った。
革に覆われた手が喉元をさわりと撫でた。その何とも言えない感触が気持ち悪い。
驚きのあまり反応が一拍子遅れてしまったが、急いで声の主に斬りかかった。
「……」
斬った感触はない。
声も上げずに敵は南から距離を取る。
「何者だッ」
南は敵に声を飛ばした。
黒づくめの服に、顔も目元しか見えない。いかにも『忍』『忍者』と言われる者たちの風貌をしていた。
問いかけに敵は答えない。当たり前だろう。
しかし南には一つ心当たりがある。
「お前、津路家の草か」
涼し気な目元が、スッと細められた。どうやら正解のようだ。
忍びの表情が崩れたのが可笑しく、つい口がゆがむ。
「暗君と名高い津路為虎(ツジタメトラ)の命か。この南家の土地までご苦労なことだな」
「……貴様には関係ない」
「そうだな。ははっ。まったくだ」
状況に合わずけらけらと笑う南晴正に対して、忍びは少しばかりイラついているようだ。
手元の苦無をくるくると回していて忙しない。
「若いな、忍びよ」
「……」
「いや青いと言うたほうが適切か。元服したばかりと見える」
「黙れ」
「……まあ、良い。さあ、かかってこい!!」
良く見れば少年とも青年ともとれる忍びに、南は体制を整えて刀を向けた。
グッと忍びとの距離が縮まる。相手が近づいてきたためだ。
「くっ……」
「っ!」
至近距離、小刀が南を襲うが、これを弾く。
距離が出来れば、苦無が飛ぶ。寸でのところで躱し、二発目を弾く。
カンカンと甲高い音が木々の間を木霊した。
「ふ、」
「ちぃっ!!」
馬が倒れた時よりも、忍びの攻撃が良く見えた。躱し、弾くことが出来ている。精神的に余裕を取り戻したからだろうか。
なかなか南に止めを刺せないことに忍びもイラつきを隠せないようだ。
勝ちを急いで動きが大振りになったのを、南は見逃さなかった。
(貰った____!)
その隙をついて、一太刀斬りつけた。
「ぐ、ぅっ!?」
身を切った手ごたえを、確かに感じた。
肩を一閃、致命傷には至らないが若い忍びを動揺させるには十分な傷をつけることに成功した。
このまま押し切れる。南はそう確信した。
「これで終いだ。若造」
刀を向けられた忍びはギリギリと悔しそうに南を睨みつけていた。
「__________がっ……?」
しかし、地面に臥していたのは南であった。
背に鈍い痛みを感じる。何が自分の身に起きたのか、正直分からなかった。
「おい以ノ十、おせぇよ」
理解したのは、もう一人別の男の声がしたから。
どうやら自分は背後にいたもう一人の敵に気が付かず、襲われてしまったのだと察した。
ざりざりと足音が南に近づく。
南晴正の記憶は、ここで途絶えた。