聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
※※※
翌朝、完全回復したわたしは、風邪を引いて寝込んでいた時の方がよほどましだったと思えるような状況に直面していた。
風邪を引いていた時は部屋で食事を取っていたが、回復したからダイニングで食事を取ろうと思うのは当然で、その選択は間違っていない――はずだった。
……なんでこんなに見られているのかしら。
ダイニングには、客人である皇帝マクシミリアンと司祭、そしてマクシミリアンの側近であるブライトの姿がある。
司祭もブライトもにこやかに挨拶をしてくれて、出された朝食を美味しそうに食べているのだが、一人だけこちらを穴が開きそうなほどじーっと凝視している人物がいた。マクシミリアンだ。
食事が口に合わないわけではなさそうだ。わたしを凝視しながらも、早いペースで目の前の食事が消えている。
どうやらオムレツが好きなのか、いち早くなくなったのは黄金色に輝く料理長自慢のオムレツだった。新鮮な卵を使ったオムレツは頬が落ちそうなほど美味しいから、気に入ってくれて嬉しいが、スッとセバスチャンにからっぽの皿を差し出してお代わりを要求する割に、その表情は硬い。
……お化けに間違えて枕で殴ったことをまだ根に持っているのかしら?
わたし的にはあれは両成敗だと思っている。マクシミリアンをお化けに間違えたわたしも悪かったが、そもそも彼が夜中にわたしの部屋に来なければ起きなかった事件だ。あっちも悪い。
とはいえ相手は皇帝だから、思ったことをそのまま口に出すわけにもいかない。あの夜、うっかり心の中で考えたことを口に出して睨まれた記憶はまだ新しい。二度目の失敗はしないようにしないと。
「……今日は何をする予定なんだ?」
ものすごく不機嫌そうな声でそんなことを訊かれた。気のせいだろうか。「今度はどんな問題を起こすつもりなんだ?」という彼の心の声が聞こえた気がした。
万能薬のことを聞きつけたマクシミリアンから、生成した万能薬は司祭に渡す分以外は不用意に作らないようにと注意されたけれど、それが原因だろうか? でも、万能薬を作ることになったのは不可抗力だ。わたしが望んでしたことじゃない。問題児を見るような目で見ないでほしい。
無視するわけにもいかないので、サラダのミニトマトを咀嚼して飲みこんだ後で答える。うん。このミニトマトおいしい。家庭菜園――という規模よりはかなり大きいけど――万歳。
「今日は用水路を作ろうと思っています」
答えて、今更だがハタと気が付いた。
城やその周辺の改造はまだ許されるかもしれないけれど、勝手に村や町まで用水路を作ったりしてもいいのだろうか?
このあたりの土地は皇帝の直轄地で、すべての権利は彼にある。さすがに無許可で公共事業に近いことを進めるのはまずい気がしてきた。
「あの……作っていいですか?」
言質は取っておいた方がいい。完成した後で責められるのは嫌だった。
マクシミリアンはじっとりした視線のまま言った。
「あとで計画を教えろ。通していいところとそうでないところがある。ついでだから言っておくが、本来ならばこういうことは俺に申請して通ってから進めるものだ。今回は俺がここにいるから特別許可と言うことにしてやってもいいが、好き勝手に作られては困る」
そう言いながら、最後の方でマクシミリアンはセバスチャンの方へ視線を投げる。彼はついとバツの悪そうな顔で視線を逸らした。
あとからアンが教えてくれたことだが、貯水池はともかく用水路は、わたしが言い出した時点でセバスチャンが皇帝に申請をあげるべきだったらしい。それをしなかったのは、マクシミリアンの側近だった彼が、この案件は却下されないだろうと踏んだかららしかった。もっと言えば、聖女嫌いのマクシミリアンのことだ、はじめる前に申請をすればあれやこれやと細かく確認してくるに決まっていたので、面倒くさかったから事後申請にしてしまえとたくらんだらしい。真面目なようで、あくどいことを考えるものである。まあ、セバスチャンとマクシミリアンの信頼関係があるからこそなせる業で、普通の人ならこうはいかない。
わたしとしては、用水路が作らせてもらえるならそれでよかった。食後マクシミリアンと用水路を通す場所を話し合うということで落ち着いたので、話は終わったとばかりに食事を再開するが、まだ彼はこちらをじっとりと見つめている。
さすがに我慢できなくなって、わたしは顔をあげた。
「あの、わたしの顔に何かついていますか?」
マクシミリアンはハッとしたように視線を逸らした。
プッと笑い声が聞こえたのでそちらを見れば、ブライトが肩を震わせている。
「陛下、いくら美人だからって、そんなに見てたら穴が開いちゃいますよ」
するとマクシミリアンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「違う‼」
……よくわからないけど、夜中に人の部屋に訪ねてきたことと言い今朝と言い、変な人。
翌朝、完全回復したわたしは、風邪を引いて寝込んでいた時の方がよほどましだったと思えるような状況に直面していた。
風邪を引いていた時は部屋で食事を取っていたが、回復したからダイニングで食事を取ろうと思うのは当然で、その選択は間違っていない――はずだった。
……なんでこんなに見られているのかしら。
ダイニングには、客人である皇帝マクシミリアンと司祭、そしてマクシミリアンの側近であるブライトの姿がある。
司祭もブライトもにこやかに挨拶をしてくれて、出された朝食を美味しそうに食べているのだが、一人だけこちらを穴が開きそうなほどじーっと凝視している人物がいた。マクシミリアンだ。
食事が口に合わないわけではなさそうだ。わたしを凝視しながらも、早いペースで目の前の食事が消えている。
どうやらオムレツが好きなのか、いち早くなくなったのは黄金色に輝く料理長自慢のオムレツだった。新鮮な卵を使ったオムレツは頬が落ちそうなほど美味しいから、気に入ってくれて嬉しいが、スッとセバスチャンにからっぽの皿を差し出してお代わりを要求する割に、その表情は硬い。
……お化けに間違えて枕で殴ったことをまだ根に持っているのかしら?
わたし的にはあれは両成敗だと思っている。マクシミリアンをお化けに間違えたわたしも悪かったが、そもそも彼が夜中にわたしの部屋に来なければ起きなかった事件だ。あっちも悪い。
とはいえ相手は皇帝だから、思ったことをそのまま口に出すわけにもいかない。あの夜、うっかり心の中で考えたことを口に出して睨まれた記憶はまだ新しい。二度目の失敗はしないようにしないと。
「……今日は何をする予定なんだ?」
ものすごく不機嫌そうな声でそんなことを訊かれた。気のせいだろうか。「今度はどんな問題を起こすつもりなんだ?」という彼の心の声が聞こえた気がした。
万能薬のことを聞きつけたマクシミリアンから、生成した万能薬は司祭に渡す分以外は不用意に作らないようにと注意されたけれど、それが原因だろうか? でも、万能薬を作ることになったのは不可抗力だ。わたしが望んでしたことじゃない。問題児を見るような目で見ないでほしい。
無視するわけにもいかないので、サラダのミニトマトを咀嚼して飲みこんだ後で答える。うん。このミニトマトおいしい。家庭菜園――という規模よりはかなり大きいけど――万歳。
「今日は用水路を作ろうと思っています」
答えて、今更だがハタと気が付いた。
城やその周辺の改造はまだ許されるかもしれないけれど、勝手に村や町まで用水路を作ったりしてもいいのだろうか?
このあたりの土地は皇帝の直轄地で、すべての権利は彼にある。さすがに無許可で公共事業に近いことを進めるのはまずい気がしてきた。
「あの……作っていいですか?」
言質は取っておいた方がいい。完成した後で責められるのは嫌だった。
マクシミリアンはじっとりした視線のまま言った。
「あとで計画を教えろ。通していいところとそうでないところがある。ついでだから言っておくが、本来ならばこういうことは俺に申請して通ってから進めるものだ。今回は俺がここにいるから特別許可と言うことにしてやってもいいが、好き勝手に作られては困る」
そう言いながら、最後の方でマクシミリアンはセバスチャンの方へ視線を投げる。彼はついとバツの悪そうな顔で視線を逸らした。
あとからアンが教えてくれたことだが、貯水池はともかく用水路は、わたしが言い出した時点でセバスチャンが皇帝に申請をあげるべきだったらしい。それをしなかったのは、マクシミリアンの側近だった彼が、この案件は却下されないだろうと踏んだかららしかった。もっと言えば、聖女嫌いのマクシミリアンのことだ、はじめる前に申請をすればあれやこれやと細かく確認してくるに決まっていたので、面倒くさかったから事後申請にしてしまえとたくらんだらしい。真面目なようで、あくどいことを考えるものである。まあ、セバスチャンとマクシミリアンの信頼関係があるからこそなせる業で、普通の人ならこうはいかない。
わたしとしては、用水路が作らせてもらえるならそれでよかった。食後マクシミリアンと用水路を通す場所を話し合うということで落ち着いたので、話は終わったとばかりに食事を再開するが、まだ彼はこちらをじっとりと見つめている。
さすがに我慢できなくなって、わたしは顔をあげた。
「あの、わたしの顔に何かついていますか?」
マクシミリアンはハッとしたように視線を逸らした。
プッと笑い声が聞こえたのでそちらを見れば、ブライトが肩を震わせている。
「陛下、いくら美人だからって、そんなに見てたら穴が開いちゃいますよ」
するとマクシミリアンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「違う‼」
……よくわからないけど、夜中に人の部屋に訪ねてきたことと言い今朝と言い、変な人。