聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました


 食後、わたしとマクシミリアンはダイニングにそのまま残って、古城周辺の地図を広げていた。

 司祭様は好々爺とした顔をにこにこさせて、仲がよろしいですなと言って客室に戻っていき、マクシミリアンの側近であるブライトは彼についてダイニングに残っている。



 どうでもいいけど、結婚誓約書にサインがほしかったんじゃなかったのかな。まあ、マクシミリアンとの結婚を心待ちにしていたわけじゃないから、わたしとしてはどうでもいいんだけど。



「どこまで引くつもりなんだ?」

「そうですね……、この村の入口と、この町の手前までくらいまでは引けたらいいなと思っています」

「少し距離があるが、まあこの村と町なら勾配もあるから問題ないだろう。ほかは考えていないのか?」

「このあたりの地域は水不足が深刻らしいので、引けるなら引きたいですけど、さすがに無理があるかなと」



 大きな川を作るわけにもいかない。つくのはせいぜい小川程度の幅の狭い用水路だ。長い用水路を作っても、貯水池から遠くなれば遠くなるほど水かさが減って干上がってしまう。それでは意味がないのだ。



「なるほど」



 マクシミリアンはじっと地図を睨むように見つめる。



「……貯水池を別の場所にも作れないか? このあたりの水不足は、俺の方でも気にはなっていたんだ。なかなか手が回らなくて対策が取れていなかったが、セバスチャンが言う通りお前が簡単に貯水池を作れるなら非常に助かる」

「いいんですか?」



 わたしとしても、水不足のせいで不作で食糧難になるのは避けたいし、人が苦しむことがなくなるのは嬉しい。貯水池を作るだけなら簡単なので願ったりな申し出だった。



「むしろ作ってくれた方が助かる。……人力では一つ作るのにも何か月……下手をしたら年単位でかかるからな」



 魔導士の数は非常に少ないから、公共事業を魔術でまかなうことはできないのだろう。人の手で掘るとなると、確かに年単位でかかってもおかしくない。



「そのくらい、いいですよ」



 わたしが頷くと、マクシミリアンが驚いたような顔をした。



「本当にいいのか?」



 何で驚くのだろう。そちらから言い出したことなのに。



「ただ、最初は水で満たしますけど、頻繁に出向いて水かさの確認はできないですよ?」



 たまになら様子を見に行ってもいいが、さすがに月一で見に行けと言われるとちょっとなーと思う。水不足が深刻だというこのあたり周辺はそれなりに距離があるのだ。何個作る予定なのかは知れないが、回るだけで数日……もしかしたら週単位でかかるかもしれない。



「そのくらいこちらで確認させるし、大きな貯水池があれば少ない雨でも水を貯蔵できるだろうから、毎回お前に水を満たしてもらう必要はないはずだ」

「そう言うことなら問題ないです」



 ここに来たばかりのわたしより、直轄地として管理していた皇帝の方がこの地域の水事情には詳しいはずだ。彼が大丈夫だと判断したなら、きっと大丈夫のはずである。



「じゃあ。どことどこに作るんですか?」

「いくつでもいいのか?」

「かまわないですよ」



 前世では魔法と言えばゲームで、ゲームの中ではMPを消費して魔法を使うから、自分の魔力量に注意しなくてはいけなかった。この世界にその概念が存在しているのかどうかはわからないが、あれだけ大きな貯水池を作っても、城を水で丸洗いしても、万能薬とやらを作っても、わたしはちっとも疲れなかったから、魔術の使用回数についてはあまり気にしなくてもよさそうだ。

 徹夜で作って回れと言われるのは勘弁だが、そうでないなら別にいい。



「…………それなら」



 マクシミリアンは怪訝そうな顔をしたけれど、物は試しとばかりに地図の上にしるしをつけはじめた。ペンではなく白くて丸い碁石のようなものを置いて行く。



「ここと、ここ、それからここ……」



 思ったよりも広範囲にわたって石が置かれて行く。その数ざっと五つ。石を置き終わって、マクシミリアンは探るような視線を向けてきた。



「どうだ。……嫌になって来たか?」

「何でですか?」



 本当にわからなかった。どうしてそのようなことを訊ねるのだろう。

 マクシミリアンがまたもや驚いた顔をして、それを見ていたブライトが吹き出してけれど、二人共の反応がよくわからない。

 ……作ってほしいって言ったのはそっちなのに、嫌がらなかったわたしがおかしいみたいな反応はやめてほしいんだけど。



「本当にいいんだな?」



 しつこい。いいって言ってるでしょ?



「だからいいですよって。でも一日で回れませんからね。空をビューンって飛んでいくことはできないんですから」



 いや、試したことがないだけでできるだろうか? 空を飛んだら気持ちよさそうだ。スカートの中が丸見えになるからズボンを用意しなくていけないが、機会があったら試してみたい。



「それなら数字にわけて向かうから問題ない。……ブライト、至急ベンジャミンに連絡を取って、俺の帰還を予定よりも二週間あとにずらせと伝えておけ。休みを取れと散々言っていたんだ、このくらい許されるだろう」



 ベンジャミンというのはマクシミリアンの補佐役だそうだ。彼がここに来ている間、マクシミリアンのかわりを任せているらしい。宰相の息子で、セバスチャンの甥だそうだ。……つまり、セバスチャンも宰相一家に連なる血筋と言うことである。どうしてそんな人が執事なんてしているんだろう。



「わかりました」



 何か勝手に盛り上がっているみたいだけど、ということはもしかしなくとも、皇帝陛下も貯水池造りにくっついてくるってことでいいですか?

 別に指示だけ出してもらえればあとはこちらで勝手しますけど、……ついてくるんですねえ。



「各貯水池から用水路を伸ばせば、水不足は一気に解消できる」



 心なしか、マクシミリアンは楽しそうだ。

 このあと、古城の裏手の貯水池から用水路を作る予定だけど、それにもついてくるらしい。

 皇帝陛下って、基本的に他人に命令して自分はふんぞり返っているイメージだったけど、この人はわざわざ現地まで足を運ぶのね。

 変な人だけど、悪い人じゃないのかも。

 聖女嫌いじゃなければ、もしかしたら仲良くなれたのかしらと、なんとなく思った。


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