聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
 ※※※

「変な女だな」



 自室に使っている客室に戻って、手紙をばさりとソファの前のテーブルの上に投げると、マクシミリアンはクツクツと肩を揺らして笑った。

 マクシミリアンを追いかけてきたブライトも、手紙にちらりと視線を落としてから同意する。



「そうですね。自分が身代わりだとあっさり白状するなんて――」

「違う、そうじゃない。あれが本物だ。本人が気づいていないだけでな」

「はい?」

「だから、手紙に書かれていた『本物の聖女』はクリスティーナだ。断言できる」



 マクシミリアンが言い切ると、ブライトは目を丸くした。



「どういうことですか?」

「簡単なことだ。今まで嫁いできた聖女が『本物』ではなかったということだな」



 前々から小さな疑問は抱いていた。

 歴史に残る聖女たちはどうして、誰一人として魔術を使おうとしなかったのだろうか、と。

 セラフィーナにしてもそうだ。口に出して脅しこそすれ、それは全部脅しだけで、実際に魔術を使って何かをしたことはない。

 それはどうしてか。



(魔術が使えないのだとすれば、すべてに説明がつく)



 第一、これまで嫁いでいた聖女がすべて本物なら、わざわざ『本物の聖女』と書くだろうか。フィサリア国の『国の意思』とやらは知らないが、『本物の聖女』が誕生したことにより『国の意思』が変わったのならば、これまで『本物の聖女』は誕生していなかったことになる。

 つまり、少なくともセラフィーナは『本物の聖女』ではない。もう一人の聖女アンジェリカがどうなのかについてはまだ探る必要があるだろうが、クリスティーナが『本物の聖女』であることは、あの無尽蔵に仕える魔術を見ても間違いない。



「そう、なんですか? ではクリスティーナ様は嘘を?」

「いや? あれは嘘を言っているような目ではなかった。本心から異母妹のアンジェリカが本物の聖女だと信じているんだろう。それに、手紙の言うところの本物の聖女もアンジェリカのことを言っているので間違いない。だが……あんなバカみたいな魔術を無尽蔵に使える人間が、そう何人もいてたまるか。あれの話しでは、泉が光ったときにはクリスティーナもいたのだろう? 泉に選ばれた聖女が本物だと仮定するならば、本物がクリスティーナでもおかしくない。もちろん両方いう可能性もあるが……それはこれから探らせる」

「つまり、フィサリア国の方が間違っている可能性があると?」

「俺はそう思っている。裏を取るためにも、急いでアンジェリカを調べさせろ」

「わかりました。至急、フィサリア国にもぐりこませているルーベンに遣いをやります」

「ああ」



 ソヴェルト帝国はフィサリア国に独立を許しているが、監視なしで放置しているわけではない。マクシミリアンが信頼している人間を数名、密偵としてもぐりこませている。ルーベンはその密偵たちを取りまとめている、マクシミリアンが信頼を寄せる人物だ。

聖女については、ソヴェルト帝国に嫁がせるその日まで国王以下一部の人間にしか知らされないという徹底ぶりのため探ることは困難だが、それでも個人が特定できれば、ルーベンならば探ることは可能だろう。ついでにセラフィーナのたくらみに通ずるような何かが出て来ればなおいい。



(しかし本当に……あの女は面白い)



 ブライトが部屋を出て行くと、マクシミリアンは我慢できないとばかりに声を出して笑い出す。

 手紙を見せられたとき、マクシミリアンは咄嗟にクリスティーナを疑った。やはり聖女にろくな女はいなかったと、裏切られたような気持になった。けれども彼女は、あっさり祖国を売って、べらべらと本来墓場まで秘密にしておかなければならないようなことをしゃべり出した。

 その理由が「祖国にいい思い出がないから」。

 これが笑わずにいられようか。



 たとえ本心がそうだとしても、普通は口に出さないだろう。適当な理由をつけて、マクシミリアンに取り入ろうとしたり、自分に有利に働くように持ち掛けたりするものだ。

 それなのに、クリスティーナの発言には一切の打算がない。見返りも要求しない。



 思えば、はじめからそうだった。

 庭を野菜畑に変えて見たり貯水池を作ったり、歩き回って用水路を掘ってみたり。そんなことをしても、疲れるだけでクリスティーナには何の得もないだろう。最初からあの女には毒気を抜かされっぱなしだ。

 訳がわからない。規格外。マクシミリアンの知る聖女と違うどころか、マクシミリアンがこれまでで出会って来た女の誰とも違う。



 変な女。面白い女。聖女をひとくくりにして「嫌な女」と断じ警戒していた過去の自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 あの女は次は何をするんだろう。それを考えるとわくわくしてくる自分がいる。



「恩を着せるでもなく、善人ぶるのでもなく、当然のような顔をしてあれだけの規模の貯水池や用水路を作る女がどこにいる」



 クリスティーナに感謝した村人や町人がお礼にと野菜や果物を持ち込んでも、どうして感謝されたのかわからないというような顔をして、それから逆に「ありがとうございます!」と持って来た村人や町人たちに礼を言う。そんな聖女が――貴族令嬢が、どこにいるだろう。

 続いて出てきた「食費が浮いたわ!」というセリフはよくわからなかったが、見せかけだけではなく心の底から感謝しているのはよく伝わってきた。



 セラフィーナのたくらみは気になるが、そのおかげでクリスティーナという女の人柄がよく理解できた気がする。

 それを考えると、悪くない気がしていた。

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