聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
 ※※※


フィサリア国王太子ジェラルドは読んでいた報告書から顔をあげて薄く微笑んだ。

 ジェラルドが望む、いい展開になってきた。



「セラフィーナは上手く立ち回っているようだな」



 ジェラルドが言うと、彼の執務室のソファに座っている男――ハドリーがゆっくりと首肯する。

 ハドリーはジェラルドが使っている魔導士だった。

 彼の魔術は、手紙を遠く離れたところに飛ばすことができるというものだ。ソヴェルト帝国のセラフィーナの側にも一人、そう言った伝達系を得意とする魔導士がいて、彼を介してこちらに情報が流れてくるようにしていた。



(帝国も一枚岩と言うわけではない。付け入る隙はいくらでもあるということだ)



 父であるフィサリア国の皇帝は、愚かにも、クリスティーナにこれまでの聖女にするのと同じ命令を下した。

 しかしジェラルドは違う。今のフィサリア国には、長年誕生していなかった、『本物の聖女』がいるのだ。そのようなまどろっこしい方法を取るつもりは毛頭ない。



 ソヴェルト帝国の皇帝は知らないだろうが、皇帝に聖女を嫁がせるという約束をして四百年。『本物の聖女』が誕生したことは一度もない。

 聖女は『聖王の泉」』によって選ばれるとされているが、泉が光ったためしなどこの四百年間一度もなかったのだ。――アンジェリカを除いて。



 聖女でないのに聖女だと偽って女を嫁がせていたのはすべて、皇帝に取り入り、皇帝の子を産み、裏で帝国を操ろうと考えた歴代のフィサリア国王たちの仕業である。

 けれどもその目論見も虚しく、この四百年、嫁がせた偽の聖女が産んだ子が、皇帝の座に座ったことは一度もない。



 当然だ。ソヴェルト帝国の皇帝だって馬鹿ではない。独立を許しつつも一切の抵抗を許さない属国のような扱いをしているフィサリア国に外戚など作るはずがないのだ。大きくなりすぎた帝国は、絶妙なバランスの上に成り立っている。そのバランスを崩す原因を作るはずがないのである。



(だが僕は違う。そんな万にも等しい可能性にすがるようなことはしない。アンジェリカがいるんだ。彼女がいれば、大陸を支配するのは容易なんだからな)



 絶大な力を持つという聖女。その力があれば帝国など襲るるに足らない。セラフィーナが帝国内の不穏分子を密かにまとめつつある今が、反撃に打って出る絶好の好機なのだ。

 クリスティーナのことはちょっぴり惜しかったとは思う。クリスティーナは人形のように笑わない女だったが、ジェラルドが知る中で、群を抜いて美しかった。あの女はほしかったけれど、まあ、帝国を手に入れたあとで妾に据えるくらいはできるはずだ。



(クリスティーナは僕を愛しているからな。僕の言うことなら何でも聞くはずだ)



 クリスティーナがジェラルドの命令に逆らったことは一度もない。現に、婚約破棄と言う不名誉な命令ですら頷いて見せた。クリスティーナはジェラルドの言いなりなのだ。

 ジェラルドはセラフィーナに向けた手紙を書き上げると、ハドリーに渡した。



「至急セラフィーナへ届けてくれ。……期は満ちた」



 さあ、帝国に反旗を翻すときだ。

 ジェラルドはほくそ笑んだ。


< 30 / 41 >

この作品をシェア

pagetop