聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
※※※
「はい。これがセラフィーナ側についたと思う諸侯の名前です」
留守の間城を任せていた補佐のベンジャミンから渡されたリストにさっと視線を這わせて、マクシミリアンはやれやれと嘆息した。
「こんなにいるのか」
「どちらにせよ、何かにつけて足を引っ張ってくれる連中ばかりですから、この機会に一掃できると考えたらちょうどいいんじゃないですか?」
ベンジャミンは簡単に言ってくれるけれど、これだけの人数を一度に処罰するとなれば大ごとだ。
(これはしばらく後始末に奔走することになるな)
しかし、ベンジャミンの言う通り、一掃できるならそれに越したことはない。
「それで、あちらについては何かわかったのか?」
「ええ、ルーベンからいくつか報告が来ていますよ」
密偵ルーベンは鳥使いだ。鳥の足に手紙を括りつけて、フィサリア国の様子を逐一知らせてくれている。ブライトに頼んでルーベンにアンジェリカを探らせるように命じておいたのだが、もう報告が上がってきているらしい。相変わらず仕事が早い男だ。
ルーベンから届いた小さな紙に書かれたメモのようなものが五枚、くるくると筒状に丸まった状態で手渡される。
丸まった紙を開くと、不要な文言はすべて無視して、要点だけが簡潔にまとめられていた。
五通すべてを読み終わったマクシミリアンは眉を寄せた。
「どうしたんですか? 何かおかしなことでも」
「いや……」
読み終えた紙をすべて鍵のかかる机の引き出しの中に収めて、マクシミリアンは薄く笑った。
「……本物の聖女はクリスティーナただ一人だ」
「そうですか。読み通りですね」
「ああ」
読み通り。確かにそうだ。――だが。
(どうして俺は、気が付かなかったんだろう)
それは、クリスティーナが聖女だという真実ではない。もう一つ――彼女が聖女であるかよりももっと大事なことがあったのに。
クリスティーナがアンジェリカが聖女に選ばれた日のことを語ったとき。いや、彼女が身代わりとして異母妹のかわりに嫁がされたと言ったときから、気が付くべきだった。それにたどり着くヒントはいくつでもあったのだ。
アンジェリカについて調べる傍ら、ルーベンはもう一つ土産をよこした。クリスティーナについての報告書だ。
(邸に閉じ込められて、使用人のような扱いを受けていたなんて……)
不遇な扱いを受けていなければ、異母妹のかわりに嫁げとは言われないだろうし、聖女認定だって正しく行われていたはずなのだ。どうりで、フィサリア国にいい思い出はないというわけだ。
(それなのに俺は、ここに来ても古城にあいつを押し込めたのか)
聖女は城から離しておきたかった。セラフィーナのような女を妃として城へ入れたくはなかった。聖女とひとくくりに決めつけて、クリスティーナを知ろうともしなかったことを、マクシミリアンはここに来てひどく後悔した。
「……ベンジャミン。しばらく俺は留守にする。『皇帝』をやってろ」
「それはまあ、かまいませんけど」
国宝である玉璽を放り投げて言えば、それを受け取ったベンジャミンは肩をすくめる。
「でも、私に雑務を押し付けるんですから、面倒ごとはきっちり片付けてくださいね」
「ああ」
マクシミリアンは立ち上がり、急ぎ足で部屋を出た。
行かなくては。
クリスティーナに会いに、行かなくては。
彼女はマクシミリアンのことなど、なんとも思っていないかもしれない。
けれども、マクシミリアンが嫌なのだ。
どうしても。
「はい。これがセラフィーナ側についたと思う諸侯の名前です」
留守の間城を任せていた補佐のベンジャミンから渡されたリストにさっと視線を這わせて、マクシミリアンはやれやれと嘆息した。
「こんなにいるのか」
「どちらにせよ、何かにつけて足を引っ張ってくれる連中ばかりですから、この機会に一掃できると考えたらちょうどいいんじゃないですか?」
ベンジャミンは簡単に言ってくれるけれど、これだけの人数を一度に処罰するとなれば大ごとだ。
(これはしばらく後始末に奔走することになるな)
しかし、ベンジャミンの言う通り、一掃できるならそれに越したことはない。
「それで、あちらについては何かわかったのか?」
「ええ、ルーベンからいくつか報告が来ていますよ」
密偵ルーベンは鳥使いだ。鳥の足に手紙を括りつけて、フィサリア国の様子を逐一知らせてくれている。ブライトに頼んでルーベンにアンジェリカを探らせるように命じておいたのだが、もう報告が上がってきているらしい。相変わらず仕事が早い男だ。
ルーベンから届いた小さな紙に書かれたメモのようなものが五枚、くるくると筒状に丸まった状態で手渡される。
丸まった紙を開くと、不要な文言はすべて無視して、要点だけが簡潔にまとめられていた。
五通すべてを読み終わったマクシミリアンは眉を寄せた。
「どうしたんですか? 何かおかしなことでも」
「いや……」
読み終えた紙をすべて鍵のかかる机の引き出しの中に収めて、マクシミリアンは薄く笑った。
「……本物の聖女はクリスティーナただ一人だ」
「そうですか。読み通りですね」
「ああ」
読み通り。確かにそうだ。――だが。
(どうして俺は、気が付かなかったんだろう)
それは、クリスティーナが聖女だという真実ではない。もう一つ――彼女が聖女であるかよりももっと大事なことがあったのに。
クリスティーナがアンジェリカが聖女に選ばれた日のことを語ったとき。いや、彼女が身代わりとして異母妹のかわりに嫁がされたと言ったときから、気が付くべきだった。それにたどり着くヒントはいくつでもあったのだ。
アンジェリカについて調べる傍ら、ルーベンはもう一つ土産をよこした。クリスティーナについての報告書だ。
(邸に閉じ込められて、使用人のような扱いを受けていたなんて……)
不遇な扱いを受けていなければ、異母妹のかわりに嫁げとは言われないだろうし、聖女認定だって正しく行われていたはずなのだ。どうりで、フィサリア国にいい思い出はないというわけだ。
(それなのに俺は、ここに来ても古城にあいつを押し込めたのか)
聖女は城から離しておきたかった。セラフィーナのような女を妃として城へ入れたくはなかった。聖女とひとくくりに決めつけて、クリスティーナを知ろうともしなかったことを、マクシミリアンはここに来てひどく後悔した。
「……ベンジャミン。しばらく俺は留守にする。『皇帝』をやってろ」
「それはまあ、かまいませんけど」
国宝である玉璽を放り投げて言えば、それを受け取ったベンジャミンは肩をすくめる。
「でも、私に雑務を押し付けるんですから、面倒ごとはきっちり片付けてくださいね」
「ああ」
マクシミリアンは立ち上がり、急ぎ足で部屋を出た。
行かなくては。
クリスティーナに会いに、行かなくては。
彼女はマクシミリアンのことなど、なんとも思っていないかもしれない。
けれども、マクシミリアンが嫌なのだ。
どうしても。