隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
・・・
(本当に普通のデート……)
待ちあわせして、映画見て、帰りにカフェに寄って。
途中、手を繋いだり、映画館の座席で掌が横から重なってきたり。
ごくごく普通の、ただのデートだ。
待ちあわせした理由が「仕事終わりに捕まって部屋に連れ込まれたから、シャワー浴びて着替えたかった」だったとしても。
「ぼーっとして、どうしたの。疲れちゃった? 」
疲労感はあるけど、この意識がどこにあるか分からない感じは、それが原因じゃない。
脅されて、部屋に行って、散々求められるあの時間と、今のこののんびりした時間が、同じ現実世界に流れるものだと認識できない。
「映画、よかったね」
「ん……と、戸田くんの好みじゃなかったんじゃ……」
だってあれ、私がずっと見たかったやつだ。
ベタに胸キュンしたいけど、一人じゃいけないー!って呟いたや……。
「…………嘘でしょ」
「んー? 好きな子の調査はするよ。もちろん」
「もう必要ないんだから、見ないで!! 」
一体、いつまで遡って追いかけてるんだろ。
もう、思いのまま――に、なってやるつもりはないけど――なのに、調査なんてする意味あるんだろうか。
まさか、更なる弱味を握ろうとしてる……?
「せっかくのデートなのに、変な顔しないの。ただ、俺のできる限り、碧子さんを喜ばせたいだけ。何も知らなかったら、できないでしょう。ほら、コーヒー飲んで。……って、まだ気をつけてるんだね。食事」
「……たまには、好きに食べる時もあるけど。あ、戸田くんは気にしないで食べて……」
同じコーヒー頼んでたけど、もしかして気を遣わせたかな。
そういえば、誰かとお茶とかランチとかって、ここしばらくなかったから――……。
「綺麗なカップル」
「えっ、姉弟じゃない? 」
「もー、聞こえるって!! 」
(……聞こえるよ。そりゃ、この距離じゃばっちり)
まあ、脅迫されて幾夜過ごした後、デートしてるなんて誰も思わないよね。
綺麗って言われただけ、素直に嬉しい。
そっか。私もだけど、戸田くんも会社でのあのキャラとは外見も全然違う。
ちょっと通り過ぎたくらいじゃ、同僚でも分かんないかも――……。
「碧子さん」
「え? 」
マグカップを抱えて、そんな分析をしてると。
「クリーム、ついてるよ」
クスッと音を立て、愛しそうに目を細めて。
真向かいから、親指で頬を拭われた。
「……っ、な……」
「……あ、甘」
(~~そんなわけないでしょ……! )
さっき戸田くんが言ったとおり、クリームなんて乗ってるわけないブラックコーヒーだ。
指になんて何もついてるわけないし、甘いわけもない。
「な、ん……」
「ムカついたから。……はぁ、地味にきっつ。俺、そんなに碧子さんといたら男に見えないのかな」
騒ぎながら撤退する彼女たちを尻目に、本気で傷ついた顔するから。
「……そんなんじゃないよ。戸田くんが格好いいから、一緒にいる人に嫌味のひとつでも言いたかっただけ」
「……え……」
分かりやすい嫉妬だ。
それで落ち込んだり、傷ついたりする必要は男も女も、私も戸田くんにもない。
「……ほんと、碧子さんは馬鹿だ。そこで、俺をフォローしてどうするの。また好きになられて……執着されるだけなのに」
損な性格かな。
でも、事実は事実。
たとえそれが戸田くんでも、変えるつもりはない。
「……おかげで、お願い、しにくくなっちゃった」
「なに……? 」
警戒はしても、つい気になってしまうのは。
「後にする。……今は、碧子さんとデートしてたいから」
カップの持ち方が嘘くさくて、可愛い。
何てないデート、私たちの普段に比べると何てない会話。
その普通さが切なくなってしまうなんて――きっと、逆に慣れてないからだ。