隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)












無になって、書類に印鑑を押す。
その間、ちらちら隣からの視線を感じたけど、ひたすら無視していた。


「あ……」

「なに? 」


しまった。
声が聞こえて、思わず反応してしまった。


「い、え。あの……よかった、合ってたんだ、と思って」


絶対、嘘。
あれからほとんど間違うことはないし、そもそもミスを気にするような戸田くんじゃない。
ダブルチェックの結果が知りたくて、こっちに視線を送ってたとは思えない。


「合ってたよ。もう一人でも全然大丈夫ですね」


最後の束に軽快に押印して、「はい」と書類を返す。
せめて、席が離れたらな。
隣で研修なんて、仕事がやりにくくて仕方ない。


「……頑張ります。でも、あの……その。……なんでも。あっ……」


受け取り損ねて落とした紙を慌てて拾うふりをして――……。


「……ないわけないじゃん。俺をほっぽり出しちゃやだ。意地悪な先輩」


じろりと睨んでも、ちっとも効かない。
寧ろ楽しそうに視線を受けて、にっこりしてる。


「……ありがとうございます。あ、そういえば備品届いてましたね。僕、運んでおくので」

「あ、いいよ。私、今日当番だった……」


代わりに電話に出てくれたんだ。いつの間に。


「いえ。運ぶだけですし、重いので」

「あ、いや、でも。そんなのいつものことだし、代わってもらう意味が……」

「ちょうど手が空いてますから。浪川さん、少し休憩した方がいいですよ」


まただ。
重いなんて理由で代わってもらったら、当番の意味がなくなる。


「前も言ったでしょう。俺が、碧子さんを女の子扱いしたいの。大人しく休んでて」


確かに今日は立て込んでて、ちょっと疲れたけど。
他の人の目ってものが――……。


(……やっぱり)


分かりやすく、ひそひそされてるな。
今度、一回ちゃんと言っておかないと。
同じ職場で、仕事のことで一人だけ特別扱いは良くない。
言うこと聞いてくれるとは思えないけど、ここままじゃバレる――というか、誤解されるのは目に見えてる。




・・・




「あの二人、もしかして付き合ってたりするのかな」


ほーら、きた。
まあ、さすがにすぐ付き合ってるとは思われないだろうけど。


「まさか。浪川さん、かなり年上でしょ。だとしても……って感じでもないし」

「それはさすがに失礼。ても、戸田くん大人しそうだし、話せる人研修担当しかいないのかも……」


「失礼だよ」をこんなに楽しげに言えるもんだなと、似たような状況になるたび思う。
休憩室、カフェ――誰が聞いてても、本人の耳に入っても仕方ない(・・・・・)環境。
普通にソファに座ってコーヒー飲んでて、別に隠れてるわけじゃない。
それをドア付近で、そんなきゃっきゃと――……。


「……やめてくれます。思うだけなら勝手なのに、わざわざ本人に聞かせる為に口に出すの」

「……っ」


彼女たちが息を呑むと同時に、私はコーヒーを吹きそうになった。


「浪川さんを手伝うのは、お世話になってるし」

「そ、そうだよね。ごめん、邪推し……」


よしよし。
だけど、キャラ完全どっかいってるんでは?


(大丈夫かな……それくらいでい……)


「放っとくと、そうやってサボってる人の分まで一人でやっちゃうから。……憧れてる人がそんなことしてたら、手伝うの当たり前でしょう」


しまった。
完全にしまった。
さっさと外に出て、止めればよかった。


「僕が一方的に好意をもってるだけなので。ほんと、やめてもらいます。こういうの」

「……で、でも、一人だけ対応が違ったら、誰だって邪推……」


完全に出るタイミングを失って、ひやひやして聞くしかできない。


「だから、邪推じゃないですよ。言ったとおり、僕が彼女を気になってるで合ってますし。でも、それだけじゃなくて。サボってこんな陰険なことしてる人の仕事手伝うほど、親切じゃないんで」


小走りの足音と、

「もー怒らせたじゃない」
「そっちこそ」

なんて声が遠ざかってく。
それを見送る間を置いて、ドアが開いた。


「あ、やっぱいた」


完全に開ききる前に、そんなことを言って。




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