隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
戸田 一穂くん。
私が教えることになった、新入社員だ。
癖のある長めの前髪と眼鏡に隠れ、表情はよく分からない。
あまり人と話すのが得意じゃないのか、単に私が怖いのか、いつもおどおどしている。
ううん、他の人とも一緒にいるところを見ないから、やっぱり苦手なのかも。
私もけして明るい方ではないから、気持ちは分かるけど――。
「戸田くん、これ……」
「す、すみません……」
(……怒ってないんだけどな……。まだ)
「ううん。台帳の方に入力漏れてたから、入れといてくださいね」
(うーん……)
私が担当じゃない方がよかったのでは。
(やっぱり、顔が怖いとか。声かな……でもな)
急に、猫なで声になっても気持ち悪いし。
こういう言い方はよくないかもしれないけど、若い男の子にそんなことしたら、今度は周りからいろいろ言われそうだし。
(……めんどくさい……)
自分の過去を棚に上げ、正直考えるのが面倒になってきた。
叱られたりももちろんしたけど、その点先輩たちは上手だったな。
新人研修なんて、私にはまだ荷が重い。
でも、そうだ。
単純に、私が教えるの下手なんだ。
それなのに、戸田くんを厄介に思うのは間違ってる。
私よりも少し――嘘、かなり――年下なんだし。
知らないことがあっても、多少もたつくことがあっても当然だ。
そうじゃないと、○年くらい先に人生始めてる私の立つ瀬がないじゃない?
・・・
「な……浪川、さん。すみません、あの……」
だから、怯えなくていいってば。
取って食うわけじゃないんだし。
「どうかしました? 」
「そ、れが、その、あの……」
大丈夫ですよ、って、できるだけ柔らかく言ったつもりだったのに、戸田くんはますます挙動不審になる。
「え? 」
余程言いにくいのか、ボソボソ聞こえにくくて耳を傾けると、屈んでくれた拍子に少し顔が近くなった。
近づきすぎかなと思ったけど、これでもまだよく聞えない。
やっぱり離れようか、距離感を探る為に見上げると、いつの間にか、眼鏡の奥の睫毛が見えるほどのところにいたことに気づく。
「……たぶん、やらかしました……」
「えっ!? 」
やらかしました、なんて、ちょっとカジュアルな言い方は、もしかして少しは私に慣れてくれたんだろうか。
耳元で、まだ「あの、その、すみません……」のリピートを数周聞きながら、そんな現実逃避が思い浮かんだ。
「……えっと。次から、先に確認しようか……」
私の権限じゃ、リカバリーが難しいミス。
これから謝りに行くことを思うと、「大丈夫ですよ」を出してあげられなかった。