隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)











「あ。お疲れさまです」


会議室のドアを開けると、先客がにっこり笑って手を振ってた。
呼び出した主任の咳払いを後ろで聞きながら、


(……やっぱり、こうなるよね)


まあ、それもそうかなとしか思えなかった。




・・・




「二人で呼び出された理由は、分かってるよね」

「……まあ」


としか、言いようもない。
だって、そんなの根も葉もない――……。


「言いませんでしたっけ。会議室とか倉庫やらで、さっさと済ませたりしませんって。それ、噂撒いた人が悪くないですか。なんで、浪川さんが呼び出しなんて食らうんです? 」


――とか、言えないから。ほら。


「いや、でも、火のないところに……って言うし、だね。妙な噂は、お互いの為にならないし……」

「……何か、問題あるんですか? 」


うん。
言えない、けど。でも。


「え? 」


(……でも、なんか腹立つ)


「場所とか勤務中とか、そうじゃないのに何か問題なんですか? 」

「……それは……社内は人目もあるし、その。付き合ってる雰囲気が……」

「禁止してるわけじゃないって、主任、おっしゃってたと思いますけど」


明らかに、この前顔を合わせたばかりの新人と研修担当とは思えない雰囲気だったかもしれない。
それは、そうかもしれないけど。


「えっ、そ、そうだったかな。いや、でもさ……俺も間に挟まれて」

「じゃあ、自分でコンプラに報告します。そんな酷い噂立てられて、働きづらいって。それで、どっちが問題なのかはっきりしますよね。噂の出元、ある程度目星ついてるので。ちなみに、うちの部署の人ですので、主任も呼ばれるかも……申し訳ないですけど、ご対応お願いします」


ぺこっと頭を下げるか下げないか、ドアへと向かう。
今回ばかりは、本当に――どうしてだか分からないけど――ムカついてムカついて、黙ってられない。
別に、この会社に未練なんかないし。
まあ、その時はその時――。


「な、浪川さん……! あ、いや。話は分かった。ただ、二人に事情を聞きたかっただけだから。もし、何かまた嫌がらせとかされたら、遠慮なく言って。戸田くんも。こっちでも、これからは気をつけておくよ。じゃ……!! 」


慌てて立ち上がるのを横目に、すっとドアの前から退くと一目散に逃げてしまった。


(よっぽどコンプラ怖いのかな。前に何かあったのかも)


「碧子さん……」

「あ、ごめん。報告したりしないから、安心し……」


ぽかんと見上げる一穂くんは、ちょっと新鮮だ。
そりゃ、びっくりしたよね。
いきなり、こんな大事にされて。


「違うよ。そんなの、どっちでもいい。事実だし、困らないし、寧ろ俺にはおいしいのかも。じゃなくて、なに……格好よすぎるんだけど」

「え? 」


手招きされるまま側に行くと、座ったままの彼に手を取られた。


「キュンってしちゃった。女の子が壁ドンされるってこんな感じ? 」

「何言って……全然違う、っていうか。し、知らないよ。そんなの、されたことないもん」


ドキドキしてるよ、ってその手を自分の胸に当てて。
気のせいだと思うのに、どくんと心臓が打った感じがして反射的に離そうとしたのに、上手くいかない。


「そっか。じゃあ……」


逃げられないどころか、すくっといきなり立ち上がった彼にあっという間に体を反転させられて、背中が壁についていた。


「どう? ……そんな感じ、した? 」


「ドン」なんて、乱暴な感じじゃない。
ただ指先で支えているだけなのに、距離を詰められるとドキドキする。


「あいつ阿呆だな。二人きりにしてくれちゃって。いい上司」

「……そ、そんなこと言わないの。誰が聞いてるか……」

「誰も聞いてないよ。誰かいたら、その前にこの状況見るので忙しいんじゃない」

「そ、そのとおり……! だ、」


反対の手指が顎を上げて、その先を言わせないようにそっと唇を這う。


だけど(・・・)やめない」


言おうとした言葉と真逆。


「無理だもん。そんな可愛いことされたら、まじ無理……」

「……どこで、そんな反応したの……」


やったこと全部、全然可愛いくない。


「ん? あちこち。俺、我慢したんだよ。本当は、あの場で立って、こうしたかった。褒めてくれなくていいから……今度は碧子さんが我慢して」


あちこちなんて、嘘。
キュンも可愛いさも皆無。
なのに、私こそそんな反応されたら。


「……あ。眼鏡、邪魔。んー、余計な設定だったな」

「伊達なの? 」

「コンタクトしてるから、度なし」


(……何でまた)


唇が重なる寸前。
別に、そんなに邪魔でもないと思うけど――……。


「……っ、碧子さ」

「……見えるんでしょ」


眼鏡取ってあげてもあげなくても、私の前にいるのは一穂くんでしかないけど。


「……見えるよ。碧子さんのこと、すごく」


それも言葉とは逆――なんだろうか。
ゆっくりと閉じていく瞳は、色っぽくて切なそうで、でもやっぱり熱に浮かされていて、とても子どもには見えない。

つまり、私も――……。


(……見て、る……)


してしまった。
会議室で、ちょっと――悪いこと。






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