隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
一度、重なったのが。
ものすごくそっとで、今更何を驚いたのかピクッと震えて離れてしまったから。
何だか心配になって目を開けると、やっぱり一穂くんの目は丸くなっていた。
『どうかした? 』
そう聞くのは、催促してるみたいかもしれないとすんでのところで呑み込んだけど。
彼の目はますます丸く見開かれて――やがて睫毛が下を向いたとおもったら、なぜか喉仏がごくんと動く。
「……っ、な……」
なんで。
いや、別に何の意味もないのかも。
でも、それがそうだとすると、そんなポイントがどこにあったんだろ。
「だめ。……無理って白状してたのに、更に煽ったの碧子さんだよ。喉鳴ったの見て逃げるなんて許さない」
条件反射で思わず背を向けたけど、手首を掴まれて逃げられない。
「だ、だって。そんな興奮するようなとこないし、第一これ以上は、さすがに……」
「むり、止まんない。……今の、すごく気持ちよかった」
(……なんで……)
ただ、触れるだけのキスだ。
「重なる」というのも、あまりに一瞬すぎて過剰なくらい。
「これ、キスって言えんのかな。ほんと、それくらいなのに……碧子さんが初めて嫌がらないでくれたのかもって思ったら、こんな気持ちよくなるの」
眼鏡、外すんじゃなかった。
その目をとても見れなくなったのは、それが何だか分からないふりをしていても、とても明白だったから。
「碧子さんは? 気持ちよかった? それとも、気持ち悪かった……? 」
――気持ちよかった。
きっと、今までで一番、どのキス――どのセックスよりも。
「……そこで笑うの、酷すぎない?」
一穂くんは拗ねたけど、そうじゃない。
それは言い過ぎたと、自分の考えに笑っただけ。
(ちょっと言い過ぎ。でも……)
完全な嘘にはなれない。
「ごめん」
少し、見つめるだけにしてしまってた。
主任に呼び出された時、ぜったいこの話だと思って、戦闘用に塗ったばかりの口紅が、ほんの少し彼の唇に残ってしまったのを。
「っ、え……碧、」
指先で拭うのは、前みたいな高い棚に手を伸ばすよりは簡単で。
背伸びするとわりと楽に目が合ったのが、なぜか意外だ。
「鏡、ないでしょ。……先に行くね」
今度こそ、思わずふっと笑っちゃったけど。
でも、馬鹿にしたのでも、「可愛い」なんて上から見た感想でもなかった。
パタンとドアが閉まる手前、まだ部屋の中で立ち尽くした一穂くんが小さく呟いたのが聞こえた。
「……反則。もう一回、できなかった……ってか、まじでどうしたいんだよ……」
(……そうだよね)
私は、一体どうしてどうなりたいの。
気がつかないふりは、もうやめ。見えないふりも。
今、少し、そんな自分を受け入れられた気がする。