隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
・・・
「ほんっと、あいつなに」
週末週末と連呼しないあたり、一穂くんは本気で不機嫌だ。
「大郷さん? ……さあ、冴えない子が学期変わったらデビューしてたの見つけた、みたいなもんじゃない? 特に何てことも……」
「ない、わけないじゃん。確かに、噂が気になったのが最初かもしれないけど。何もなかったら、わざわざ話しかけたりしないよ。少なくとも俺は、好意がなかったら近づかない」
仕事が終わって、一穂くんの部屋に着いて、ドアを開けた。
いつもどおりのスピードなのはそこまでで、鍵を投げるように置いた後、すぐに後ろから抱きしめられた。
「面白半分だけが目的の人もいるよ」
「そうかもしれないけど……あの目、絶対狙ってる。噂だけって顔じゃなかった」
「だとしても、関係ないよ。興味な……」
後ろから腰に回った腕が、きゅっと寄って。
なぜか少し躊躇ったのを振り切るみたいに、掌が胸の下あたりまで這って更に密着した。
「……じゃあ、俺は? 」
「え? 」
左胸じゃなく、まるでそこに心臓があるみたいにトクトクしてる。
「俺は、碧子さんにとって関係ない? ……興味、ない? 」
耳朶の裏側で、甘く強請られて。
「……だったら……」
「ねえ、碧子さん。俺、今日は強制してないよ。毎週呼ばれるのが当たり前になって、ついて来ちゃったのかもしれないし、それを期待しなかったなんて言えない。でも、俺、今日は……」
――心臓の音が、あの時と違う。
「……気づいてたよ」
大郷さんの件があるまで、いつもどおり「週末」とか「我慢」はよく言ってた。
それがピタッと止んだのだって、その理由も、そのまた奥にある理由も。
「……っ、なんで来たの」
びっくりして、喜んでいいのか疑うような、複雑な表情。
振り向くと、やっぱりそんな顔をした一穂くんと目が合う。
「自分の意思で来た」
「……っ、は……」
息を呑んだのと、溜息、直後――キス。
全部一瞬だったのに、私はまだ一穂くんの睫毛をぼんやり見てる。
「……誤解するよ、なんて言って待たないから。もう誤解した。そう解釈した」
この前の触れるだけのものとはまったく違う、荒っぽい侵入。
それでも自分の腕に掴まった指を見て、信じられないものを見たように顔を歪ませるのが切ない。
「碧子さんは、俺のこと好きになってくれたんだって。何でだか分かんないけど、俺の気持ち受け入れてくれたんだって思い込むか……」
「……合ってる……」
誤解。
思い込み。
その単語が、彼の信じたいけど信じて落ちたくない気持ちが伝わってくる。
『ねえ、ほんと……? 』
『いいの……? 』
そう聞かれてるって、確信して。
「……碧子さ……」
――初めて、自分から唇を重ねた。