隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
目を優しく細めて、そんなに嬉しそうに笑うなんて。
何事かなって、思ってた。
「……できなくなっちゃった。あんなに、今日を楽しみにしてたのにね」
なのにそんなこと言われて、泣きたくなる。
「碧子さん……? 」
ううん、本当に泣いてる。
目に溜まってたのにすら気づかず、頬を滑って顎へと滴り落ちて始めて、慌てて俯いた。
「……やっぱり嫌……? セックスはできるくらい好きになれても、付き合うのはむり……? 」
最中のSっぷりは、どこへいくの。
そこで、自信がなくなるのはどうして。
若くて、格好よくて、可愛い。
そんな一穂くんが、私の前でそうなるのはどうして。
「年下って……子どもは嫌い……? 教えて。どうしたら俺、碧子さんに……」
涙や化粧がつかないように、額だけ彼の胸に寄せた。
「……え……? 」
唇が動いただけで、きっと音にはなってなかった。
微かでも拾ってくれた優しさに、もう素直になるしかできなくなる。
「今日はしないって言ったから。なんか切なかった」
「……は……」
嬉しかったけど。
どの「碧子さんが好き」よりも、甘い告白に聞こえたけど。
「大切にしてくれようとしてるのも、本当に好きだって言われたみたいなのも嬉しくて……でも、しないって言われるのも何だかちょっと……寂しい、のか、」
「は……はい……!? え……待って。訳分かんない……脳の処理能力超えてる……から。え、と」
面と向かってしないって言われると、同時に苦く切ない。
「……と、とりあえず! したくないわけないじゃん。したいよ。碧子さんが目の前にいるのに、や、いなくても結構四六時中したいと思ってる」
「……そ、それは問題だから、そこまでじゃなくてもいいと思うけど」
それを好きだと言わなかったら、私の今までの恋愛は何にも分類することができなくなるよ。
「……でも、身体だけだって思われたくなくて。……って、これも俺の都合だよね。碧子さんの気持ち、優先してるふりして」
それくらい、私。
「優先して」
――今、したい。
「……っ、すごい煽り。……ほんとに? 」
「うん」
――どうしても、今がいい。
・・・
「……ねえ、碧子さん。ちゃんと言って。俺と付き合って。返事して」
どんな恋人らしい営みになるかと思えば、彼のそういうところは変わらなかった。
「なんで、今……」
もちろん、初めてのあの脅迫よりは優しく愛されているのは感じられた。
ベッドに横たわって、ひとつひとつ確認されるように脱がされ、キスされていろいろ――ただ、その後が酷い。
「分かってるくせに。選択肢なんて、あげたくないから」
それを言うなら、好きだって言った時、それでもダメなら、私から言い出した時点で答えを求めたらいいのに。
「じゃなきゃ、続きしないよ。だって、もう脅迫して無理やりとかしたくないもん」
「してるじゃない……! 」
それだって、じゅうぶん脅迫だ。
「ごめん。碧子さんはどうだか分かんないし、心の奥までは強制できないじゃない。だからせめて、彼氏だって、口だけでも上辺だけでも縛られてたいし、繋がってたい。……好きだからするんだって、思ってたい」
たとえそれが、欲望に駆られた先のうわ言でもいいの。
(……馬鹿)
「やめるなら、やめてもいい。服着てたって付き合ってる」
「……ほんと? 」
子ども扱いも、年上だからって脆い予防線もやめよう。
自分ではあまりに弱すぎたって思うのに、彼にはものすごく強固に見えるのなら。
「少しして、年の差がきつくなってきたとか言ったら許さないから」
「言わないよ、そんなこと。ってかさ、そんな心配するならこう言えば? 」
胸の近くですがるように見上げてた、仔犬感はどこへ。
私を真上から見下ろした、その顔は。
「責任とってって。いくらでもとってあげるのに」
(S狼ver.降臨……)
「……やめるんじゃなかったの」
「んー、やめるのやめた。だって、碧子さん、素直に言ってくれたし。約束どおり、続きしてあげなくちゃ。だって、彼女なんだからもっと優しくしないとでしょう? 」
(普段はともかく、今するつもりある……? )
あるよ、って言うように鎖骨にそっと唇を落として。
「可哀相だもん。……欲しがりの彼女、ずっとお預けしたまま、待たせるのもさ」
――覆い被さって、いつの間にやら胸をしっかり包んだ後は、やっぱりこっちが通常運転らしかった。