隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「お疲れさまです。交際宣言、されちゃったんですってね」
数日後、ウォーターサーバー前。
また、大郷さんと鉢合わせた。
「お疲れさまです。まあ、事実なので。そのうち、この話題もみんな飽きると思うんですけど」
「そうですね。また新しいネタができて、下火になりますよ」
大郷さんはそう言ってくれたけど、会社は娯楽が少ない。
新しいネタなんて、次はいつになることやら。
「大丈夫ですか? 疲れてません? 」
「え? 」
ボトルに注ぎ終わって、軽く頭を下げようとした時、まだ背を向ける前に躊躇うように呼び止められた。
「あ、いえ……その。そんな大勢の前で発表されたらどうなるかなんて、分かりきってるのに。だって、大変になるのは女性の浪川さんの方じゃないですか。そういうのって、大体男の方に言ってくる人いないでしょ」
「ああ……」
確かに、面倒なのは女の方かも。
人にもよるけど、そもそも発端はあれだし。
「大丈夫ですよ。想像どおりなところもありますし」
一穂くんも心配してくれたけど、私は本当に全然――……。
「……お子さま、だな」
「……え……? 」
低く言われて、最初空耳だと――思おうとした。
「すみません。彼氏のこと悪く言われたら嫌ですよね。でも、この前もそうだったけど、やることが子供すぎてイラッとしちゃって。人の彼氏に苛つくなんて、余計なお世話なの分かってるんですけど……」
――俺なら、彼女に「大丈夫」なんて言わせないのに。
でも、できなかった。
その後に続けられた言葉を聞いてしまうと、それがただの希望だったと受け入れるしかなくなってしまう。
「えっ……と……」
「碧子さん」
デジャヴ。
というより、まるっきり同じ状況に振り向くと、楽しそうな笑顔を浮かべた一穂くんがいた。
「田中さんが探してたよ。今度はほんと」
「……田中さん? ……って誰だっけ」
「あれ、やっぱ違ったか。名前知らなくて。向こう側のデスクにいる人」
「もう……同じチームの人くらい覚えなよ」
適当な伝言を注意しても、嬉しそうな顔。
(……っていうか)
「ごめん。だね、これからは、ちゃんと覚えないと。何でか不思議と、みんな俺に碧子さんの居場所聞いてくるからさ」
――甘いも甘い、好きだっていうのが強烈に伝わる視線。
「やっぱり、大変そうですね」
それに固まってると、側で別のくすっと笑う声がした。
「あんまり無理しないで。……やっぱり俺なら、絶対無理なんてさせないですけど」
あ然として、一歩踏み込まれたのに反応できない。
それどころか、気がついたら目の前に一穂くんの背中があった。
「――……」
素早かったと思う。
「庇いたい」って言ってくれたように、私を守ろうとしてくれたのは明らかなのに。
「……っ」
でも、大郷さんはそれすら読んでいたらしく、寧ろ好都合だと一穂くんの耳に寄って。
何を言われたのか、余裕だった一穂くんの顔が一気に敵意剥き出しになった。
「お疲れさまです。浪川さん」
だから、その挨拶も、ただの意味のない言葉には到底思えなくて。
「……一穂くん」
大郷さんがにっこり笑ってさっとその場を後にしてから、思わず一穂くんの腕に触れてしまった。
「……ん。大丈夫。ごめんね、嫌な思いさせて」
「……ううん。うん……」
平気、って言おうとしたのを訂正すると「どっち」って笑って掌を頭にのせた。
こんなところで、髪に触るとか――そうなんだけど、今はとても注意なんてできない。
だって、私だって彼のシャツを摘んだままだ。