隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「……碧子さん」
ぼうっと廊下を歩いてると、振り向くより前に手首を引かれた。
「っ……、ちょっと」
「ちょっと、は俺の台詞。来て」
いつから後ろにいたんだろう。
気配を感じなかったのは、一穂くんが気取らせなかったからか、私が余程ぼんやりしてはたからか。
「っ、た……なに……」
強引に空き部屋に押し込まれ、顔を顰めた。
痛みはそれほどなかったけど、強い力に思わず「痛い」が出てしまった。
「……大郷に告られたってほんと? 」
それにハッとして、謝りかけ――でも、それには何も言わずに、私を見下ろしてくる。
「……うん。そんなはっきりとじゃないけど、それっぽいことは。でも、ちゃんと……」
「へえ、そっか。じゃあ、その後キスしてた、は? 」
――本当に、一穂くんと付き合ってるって言ったのに。
「……信じたの? 」
そんなことするわけない。
例の噂と似たりよったりの、ただの――……。
「……どうかな。碧子さんが受け入れたとは思いたくないけど、無理やり奪われた、はあるかもしれないじゃん。会社でヤッた、よりはまだ信憑性あるし」
ただの嫌がらせだったのに。
一穂くんに言われてしまうと、それはもう変わってしまう。
「……何も言わないんだ。なら……」
違うって言いたい。
本気でそんなこと思ってるのって怒りたい。
なのに、喉が熱くてヒリヒリして、何も出てこなかった。
「……塞がってても、問題ないよね」
いきなり後頭部から持ち上げられ、そのまま唇を奪われる。
加えられる力と、反射的に仰け反った不安定な身体を壁に押しつけられた。
「あいつはどんなだった? 大人だったんだ? ねえ、教えてよ、碧子さん」
それを抵抗だと受け取ったのか、ますます彼は激昂して。
教えてって言いながら、塞がれ続けて何も発することができない。
「……っ、知らないよ、そんなこと……!! 」
大人だとか、子どもだとか。
付き合うどころか、全然気にもならない人のことを振り分けたりしない。
「でも、今の一穂くんは、すごく子どもっぽいと思う……! 」
男の人として、私を好きでいてくれてるからこその嫉妬。
そんなの分かっててそう言うのは、私こそ大人げない傷ついたことへの仕返しと酷いアピール。
「……っ、碧子さ……」
力いっぱい彼の胸を押すと、今度は力が緩んだ。
その隙に腕から抜け出して、今の自分がどういう状態かも考えられずに部屋の外に出た。
(……誰もいなくてよかった)
――ぐしゃぐしゃだ。私の、何もかも。
押さえられた髪も、熱すぎる頬も、何かに濡れたところ全部。
こんなところを見られたら、「倉庫で」の噂は一穂くんが言ったよりは信憑性が出てきてしまう気がする。
少なくとも、いきなり現れた他部署の人と軽くキスしたくらいじゃ、こんなふうには乱れない。
(……ばか……)
どうして、一穂くんは分からないんだろう。
こんな私が、会社で泣き顔のまま飛び出すほど、心も身体も彼に掻き乱されてるのに。