隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
悪いことは重なるものだ。
いつだって、そういうものだった。
はじめこそそれは最悪でしかなかったけど、ここ最近は「そんなもの」だなんて思う暇もなくて――今思うと、楽しい日が続いてたんだって思い知る。
「あ、浪川さん。今帰りですか? 」
乗っていたエレベーターの向かい側、もう一台のドアが開いて、大郷さんとばっちり正面から出くわした。
「……大郷さん」
エレベーターを降りたら、エントランスの近くで、一穂くんが待ってないかなって。
信じてなんかなかった淡い期待が、脆く鈍く崩れ落ちてしまった。
「……あの。私、本当に困ってて。失礼します」
「急いでるので」を言おうとしたけど、それじゃダメだって言い直しても、大郷さんは引いてくれなかった。
「喧嘩しました? すみません。でも、他の男に彼女口説かれてる状況で、よく一人にできるな。俺なら、絶対無理ですけど」
「……」
ぺこりと頭を下げて、自動ドアを抜ける。
「浪川さん、待って。俺、本気で……」
追いかけてくるのを振り切ろうと、ただひたすら真っすぐ先を見据えて――ぶつかった視線に、呪いでもかけられたみたいに動けなくなった。
「……浪川さん? 」
逃げようとしてたのに、急に立ち止まってピクリともしない私をそう呼んだのを見て、その口元がニヤリと歪む。
「やっぱ、碧子か。久しぶり。元気にしてた? 」
「……ずっと、元気してる。そっちも元気そうでよかった。じゃ」
「久しぶり」も「元気? 」も。
そんなの、ちっとも気にしてないのを隠す素振りさえ皆無。
「そんな、素っ気なくしなくったって。一応、元彼なんだけど」
「そうだっけ」
誰――薄々分かってても、知りたがってる様子の大郷さんを先回りしたのか、もちろんただの私への嫌がらせか。わざとらしく、関係性を明かす男を睨む。
「そちらが今の彼氏? ……さんは、どれだけお前のこと知ってるの。そうやって強いふりしてるけど、本当は……」
「……っ、碧子さん! 」
――すっごく、可愛い女だって。
言葉どおりの意味なんて、存在しない。
侮辱でしかないことを無理やり耳から流し込まれてもなお、無表情でいられたのは。
睨むことすらしないで、ただここに立っているだけでいられたのは。
「ごめん、遅くなって。待たせたよね。主任のやつ、帰り際に呼び止めやがって。……結構、待った? 」
その声が、聞こえたから。
「……一穂くん……」
何かが起きてるなんてこと、この状況を見て詳細まではわからなくても、何となく察してしまったはず。
「うん。連絡できなかったの、怒ってる? ほんと、ごめん」
なのに、二人の男のことは完全に無視して、私だけに視線を注いでくる。
「……遅いよ」
まだ、機嫌悪いはず。
大郷さんのことも納得してないだろうに、突然別の知らない男まで登場して、更に怒ってるかも。
「ごめんってば。でも、碧子さんだって、俺を置いて帰ろうとしてたじゃん。酷いの」
「……ごめん」
なのに、合わせてくれた。
愛しそうに見つめながら、髪を撫でたりして。
恋人としか思えない雰囲気を、これ以上ないくらい作り出してくれる。
「でも、待ったの」
「……そっか。ごめんね。お待たせ」
演技だって、痛くて痛くて堪らないくらい知ってる。
「……本当だよ。……ばか」
(……ごめん。私、今ね)
――だとしても、こんなに何かを待ち焦がれたことないくらい、会えて嬉しい。