隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)







少し、会社から遠ざかっただけ。
繋いでた手が緩んで、それが私を助けてくれる為だけのものだったことが悲しい。


「……ありがと」

「……何もしてないよ」


お礼と同時にきゅっと捕まえたのを、どう思ったかな。
そこで離さないでくれた優しさにほっとして、苦しい。


「……元彼? やっぱ。あれ、俺がいなくても、大郷が止めてた」


責められてるのかなって恐る恐る見上げてみると、そうじゃなかった。
でも、きっと、今のその笑顔を見ることの方がずっと胸が痛い。


「……かも」


笑わないで。
手、解かないで。


「でも、私は一穂くんにいてほしかった」


そこで「大人」になんか、ならないで。


「一人でも言い返せる。だから、別の人にいてもらわなくたって平気。でも」


(だって、私は)


「隣にいたのが一穂くんじゃなくて、辛かった」

「え……」


もう傷は癒えてる。
だから、一人でも大丈夫。

だけど。


「遅いよ」


傷跡は、まだある。
普段は見ないようにしてても、無理やり見せられれば目に入る。

だから。


「遅い……」


好きな人には、側にいてほしかった。


「……俺がよかった? 」

「うん」


意地悪な聞き返しが、単なる意地悪じゃないなら。
それが、一穂くんの精一杯の防御なら。


「ごめん。庇いたいなんて言いながら、拗ねて遅くなって」


(……私も)


ごめんね。
そんな、傷つく前の防備なんてさせて。


「嬉しかった。他の男の前で、俺に甘えてくれて。……俺の顔、立ててくれたんだろうなって思ってたんだけど」

「違っ……」


違う。
そんなこと考えてもなくて、ただのぐずぐずとした意地っ張りな甘え――……。


「……ん。違うんだ。何だ、俺、幸せじゃん」


――なのに、そんなに喜んでくれるの。


「純粋に嬉しいのと、醜い優越感すごい。幸せすぎて、訳分かんないくらい頭くらくらする……」


優しくキスできる一穂くんより、ずっと私の方がくらくらしてる。
会社からそう遠くなく、まだ家からは離れたところなのに、私。

――止まれない。


「……ん……」


腕に掴まったのも、まだ漏れるには早い音も。
嬉しくて嬉しくて、この一瞬を後もうほんの少しでも長引かせたい。
ただそれだけの為に、必死にしがみついて。
彼が瞬きしたのか、睫毛の気配を時折感じるたびにきゅっと目を瞑って。


(まだ、終わらせないで)


心のなかで、私こそ醜くそう願ったりしてる。





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