隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「どうしたの」
語尾に「?」がついてない。
この気持ちも、足が重い理由も知られてる。
「寄っていって」
でも、腹は立たなかった。
イライラしたり、ムカついたり。
そんな靄が広がる隙間は、今の私にはない。
「……まだ、怖いから。帰らないで」
マンションが近づくにつれ、既に不安に覆われていたから。
あれだけ私を呼んで、独占しようとしてた彼が、今パッと手を離したらどうしようって。
「……碧子さん」
名前を呼ぶ声よりも、ふっと笑った吐息の方が大きくて、怖くなってピクンと震えた。
それが、失笑だったら。
失笑の原因が、「今更甘えたって」や「柄にも年甲斐もなく、可愛いこぶって」だったら。
今すぐ部屋に逃げ込みたいけど、そしたらもう二度と会えない気がして動けない。
「帰らないって、泊まるってことなんだよ。さっきの男がどんなだったか知らないけど、俺よりはまともだったでしょう。忘れた? 」
「……覚えてるよ」
まともか異常かで言えば、一穂くんの方がまともじゃないし、どうかしてる。
「なのに、あんな男の方が怖いの。嘘でしょう」
嘘じゃないけど、そういうニュアンスで言ったのは嘘にもならない狡さ。
それを、正直に晒すなら。
「一穂くんが帰るのが怖い」
「偉いね。よく言えました」
涙が零れ落ちそうなほど、恥ずかしくて熱い。
褒めながら額にキスされて、不貞腐れてる以外にどうしたらいいの。
「こんな可愛い意地悪で、そんな拗ねられたら困るんですけど? 分かってないでしょう。今、俺がどんなに嬉しいのか。どんだけ、この日をずっと待ってたのか」
「え? 」
恋人になった日じゃなく、日が経った今をそう表現したのにきょとんとしてると、大袈裟なくらい「やっぱり」って顔をする。
「碧子さんの部屋に行きたかった。俺がお願いしなくても、碧子さんから必要とされたかった。……たとえ、他に何人かいたって、俺を選んでほしかった」
「……な、何人かって。だって。ちょっと今、たまたま変なことが続く時期なだけで、選ぶも何も一穂くん一人しか……」
(お願い、なんて)
しなくたって、私はいるよ。
照れくさかっただけで、部屋に来てほしくなかったわけじゃ――。
「あっそ? 変な時期、ね。そんなんじゃ、全然納得できないから。もっと教えて。俺だけだって……俺だからだって」
「……そう言ってるのに」
一穂くんじゃなかったら、こんなふうにならない。
「もっと。中で教えて」
そう、手を引かれたけど。
「一穂くんだから、いてほしい。……泊まって」
「……いてあげる。もちろん」
その場で伝えてしまうと、もう一度唇が落ちてきた。