隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「…………待ってたの? 」
平日の朝も朝。
急遽泊まってくれた一穂くんを早めに追い出そうと――送り出したところ、マンションの玄関で遭遇した。
「碧子さんってさ、粘着系ストーカーから好かれるタイプ? やばくない」
(……君が言うことではない)
そうだったっけ。
そうだったら、どうしよう。
「心配するの当たり前だろ。俺が振ったせいで、若い男に騙されてるの見たら」
「騙されてないし、あなたのせいじゃないし、しつこくLINEしたらブロックされたから、って言えば」
ともあれ、こいつを撤退させるのが先。
幸い、今日の一穂くんは余裕でご機嫌だけど、接触は今日限りにしてもらわないと。
「え、いつ? 言ってくれたら、俺が出たのに」
「……一穂くんがシャワー浴びてる時」
既読も未読もスルーやってみたけど、彼が上がってきそうな気配がした瞬間にブロックした。
「だから、一緒に入ってくれなかったんだ。えー、言ってよ。やってみたかったのに。電話であれこれしてるの聞かせながら、俺のものだからもうかけてくるな、ってやつ」
(……どんなよ)
そんなの、さも「よくあるシチュエーション」みたいに言わないでほしい。
「あの時は、悪いことしたって思ってる。いきなり写真送られてきて、びっくりしたのもあるし。後から考えたら、そんなことするやつの方が最低だよな」
「どっちもどっちだし、結果的によかったから。おかげで今、幸せにしてるし。気にしないで」
これ以上ここにいたら、遅刻する。
さすがに二人一緒の遅刻なんて。
一穂くんの背中を押したけど、もっと聞きたいってにやにやして動いてくれない。
「遊ばれてるの、痛々しくて見てらんないんだよ。今はのぼせてるかもしれないけど、冷静になって……」
「確かに、のぼせてる。でも、今だけじゃない」
(……痛々しい、か)
前は、これほど気にならなかったのにな。
こんなやつに言われて傷つくってことは、やっぱり相当のぼせてるのかも。
「彼は全部知ってるよ。前の私のことも、あなたが知らない、今のことも」
――俺は、受けとめられるから。
押してたはずの手が、彼の背中のシャツを握りしめてた。
昨日言ってくれたことを思い出して、すっと息を吸う。
「何で、今頃惜しくなったのか知らないけど。遅すぎんだよ。どんだけ悔いても、渡すわけない。だって、知っちゃったし? ……可愛いところ、ってやつ」
手が震えてた。
元彼が怖いんじゃないのに。
掴んだシャツから伝わったはず。
息を吐く前に一穂くんが言ってくれて、やっと。
「でもね、お兄さん。そんなの俺の方が知ってる。で、悪いけど俺、ガキだからさ。他の男に、それ教えてやる気、全然ないの。……せいぜい、どっかで指咥えてなよ。それ想像したら、今夜、優越感だけでイケそう」
ふにゃっと力が抜けそうになった指が、またぎゅっと彼に摑まってしまう。
「……あ、違うよ? もちろん碧子さんは最高だけど。碧子さん下にいて、今頃他の男が俺を羨んで悶々してるって思ったらさ? ね、今晩楽しみだよね」
(これは冗談。冗談冗談冗談…………)
Sっ気が覗いたのを、必死で気づかないふりをする。
でも、そういえば昨日しないで寝ちゃったし、約束っていうか、別に約束してないけど、破っちゃったのは確かだから正直すごい怖いけど。
とにかく。
「心配してくれてありがと。でも、必要ないから。あなたも、お幸せに」
――どこか、私の知らない世界でどうぞ。