隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)






(……こんなんばっか)


でも、今日こそは本気で遅刻する。
いつも早めに来てたのに、彼と付き合いだして遅刻が増えたりしたら、また面倒なことになってしまう。
幸い、あの後一穂くんが先に出たから、彼はもう着いてるはず――……。


「浪川さん」

「……っ」


会社の自動ドアが開いた瞬間に滑り込み、エレベーターへとほぼ止まることなく走ろうとして、急ぐ足と声を聞き取った脳の司令が合わず。


「……っ……た……」


不安定なヒールじゃ、堪えることができなかった。


「大丈夫ですか!? 」


(大丈夫じゃない……遅刻だ……)


大体、何でこんな時間に大郷さんはのんびりしてるんだろ。


「すみません、俺が声かけたから。立てますか? 」

「大丈……った……」


手を差し伸べてくれたけど、そこで掴まっちゃいけない。
単なる善意だとは思うけど、こうなったらそれはダメだ。


(でも、困った……)


遅刻はもう確定とはいえ、捻った足が痛すぎて立てない。
偶然とはいえ、本当についてないことはまとめて起こるな。


「大郷さん、私は大丈夫なので、急いだ方がいいですよ。まだ間に合うかも」

「俺のせいだし、置いてけるわけないじゃないですか。とりあえず、掴まってください」

「いえ、本当に……。彼、呼びますから」


一穂くんはもう着いてるはず。
スマホはロッカーかな。
出れるか分からないけど、一応連絡して――……。


「そんな場合じゃないですよ。戸田くんがすぐ来れるとは限らないし。それに、浪川さん。本当に気にならないですか? 」


――歳、近い方が、きっと楽ですよ。


「ね? ……無理、しないで」


無理なんてしてない。
そりゃ、これだけ離れてると、ジェネレーションギャップはあるかもしれないけど。っていうか、絶対あるけど。
でも、一穂くんと過ごすことに、無理も我慢もしてな――……。


「碧子さん……! 」


俯いて、床だけ見てたことにハッと気づいた時には、彼の靴が見えてた。


「どうしたの……!? 」

「一穂くん……! 」


大郷さんをドンと押して引き離したのを、慌てて止めようと動いただけで、痛みが走る。


「急いでて、足、挫いちゃっただけ。ごめん……手貸して」

「……嫌だ」


…………………は?


「…………え、なん………」

「手なんか貸さない。こうする」


ひょいっと。
抱き抱えられたのを理解したのは、少し大きかったパンプスが片方脱げそうになった時。


「だから、急がなくていいって言ったのに。これを期に、碧子さんは適当にサボること覚えた方がいいよ」


「……っ。や、手か肩貸してくれたら歩ける……! 」


始業の鐘が鳴り、辺りには他に誰もいないけど。
このまま、執務室まで行くなんて無理。


「ちょっと動いただけで痛そうだったのに、無茶言わないの。ほら、暴れると靴脱げるよ。危ないから、腕、首に回して。言うこと聞かないと、もっと恥ずかしいことするよ。……そんな足で、俺に抵抗できるの? 」


(……ずるい)


そこで、声低くするとか。
チラッと見えた瞳の奥が、ちっとも冗談に見えないのとか。


「いいこ。大丈夫。大人しくしてたら、すぐ着くよ」


ピタッと止まって、おずおずと言われたとおりにする私を、満足そうに見下ろして。


「遅刻だけさせて、申し訳ないです。この子、弱いとこ見せるの、すごい下手だから。俺が連れてきますね」


(……この子……)


駄々っ子みたいに言われて、無意識に目をを手の甲で覆うと、またものすごく満足げな「くす……」がすぐ側から降ってくる。


「……わんこだって、こんなことできんの。せいぜい、味わって? ガキだって馬鹿にしてたやつに、目の前で好きな女持ってかれる感覚。こういうの、なかなかないからさ」


(……また、もう……)


抱き上げた時点で、私が大人しくしてる時点で、そんな必要ないのに。
シャツの襟を引っ張ると、「はいはい」ってエレベーターに向かう。

どう反論していいのか迷ったのか、それとももうそんな気も失せたのか。
呆然とした、大郷さんを残して。




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