隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)




「……あ。つい、碧子さん攫っちゃったけど、今日休む? 病院行った方がよくない? 」

「少し休めば平気」


エレベーターのボタンに翳した指がそれでも迷い、言っても聞かないと判断したのか、いつもの階を押した。


「うち、医務室とかないよね。休憩室がソファがあって、楽かな。どうする? 」

「…………会議室」


誰も乗って来ないことを祈りながら、「1」「2」……と上昇していく数字を見上げるふりをして。


「会議室? で、いいんだ。了解。ってか、なんで小声? 」


楽しそうに笑ってる、一穂くんを見上げてるから。
どうしよう、エレベーター、止まりませんように――そう願うのは、もう少し密着していたいから。


「くっついてていいよ。俺がこんなことしてんの、碧子さんでしかあり得ないけど。……恥ずかしいならさ」

「……うん……」


恥ずかしいのは恥ずかしいけど、足の痛みのせいか、その羞恥は少し麻痺してきた。
顔が熱いのは、お姫様抱っこなんてされて、ドキドキしてる自分にびっくりしてるから。


「はい、到着。誰にも会わなくてよかったね」

「ありがと……」


痛くないように、ゆっくりテーブルに降ろしてくれた。
ついさっきまであんなに照れたのに、二人きりになってドアが閉まれば、名残惜しくなってしまう。


「一穂くん……」

「ん? 」


大丈夫だから、もう行っていいよ。
仕事に戻らないと、何て言われるか。


「ありがと……」


そう言わないといけないのに。
なのに、繰り返して引き留めてしまう。


「俺こそ。俺のこと待っててくれて、ありがとう」


私らしくなかったと思う。
すごく驚いてたけど、それには何も言わないでくれた。


「……あの時、大郷さんに何て言われたの? 」


前回は聞けなかったけど、今度は我慢できなかった。
「わんこ」なんて言葉がどうしても引っかかって、そのままにしておきたくなくて。


「あれ? 」


――お姉さんのお尻追いかけてる、わんこだって。


「まあ、完全には否定できないけどね。ムカついたけど、碧子さんのおかげでスッとした」


そんなこと言われてたんだ。
よく耐えてたな。


(大人)


「……本気? 」

「え? 」


癖のある髪は、触れてみると柔らかかった。
初めてみたいに思ったけど、そうじゃない。
夜は何度も――記憶になくても、きっと、何度も触れてた。


「可愛いわんこのつもり? そんなふうに見えたこと、一度もない。……男の人だよ」



私の後をついて回る仔犬だなんて。
そんな可愛いものじゃないでしょ。


「……碧子さん」


ふっと笑われて、目を逸らしたのに。
隣に座って、まだ痛んでる方の足にそっと触れて唇を奪われた。


「そうだね。わんこも可愛いけど。碧子さんには、狼だって意識してもらった方がいいかな」

「……みんな、騙されてるだけ。そんなわんこ、いないし」


足、怪我してるせいだよ、って。
動けないのも、抵抗できないのも、そもそもする素振りもなく、こんな時間、こんなところでキスを受け入れるのも。


「こんな顔、碧子さんしか知らないから、仕方ないよね? でも、嬉しい。碧子さんに、男扱いされて」

「……今更……」


言い訳をくれる一穂くんは、大人だ。
子供でもないし、わんこ感なんて私にはゼロ。


「今更なんだ。……ね、それ、わざと? 足怪我してんのにこんなとこで襲うとか、俺に最低なことさせたいって煽ってたりする? 」

「……し、しないよ……! でも……」


(足、すぐ治るし。場所が場所じゃなかったら、最低ってほどでは……というか)


――早く、帰りたくなってきた。


「……だめ。これ以上一緒にいたら、まじでしちゃうかも。場所はともかく、怪我して抵抗できない彼女好きにするとか、終わりだし」


(………一穂くんなりの、ボーダーラインがあるんだ………)


ちょっと感心というか、ぽかんとしてしまったのをくくっと笑われてしまった。


「残念そうな顔してる。可愛くて揺れるけど、我慢、ね。大人しく、痛みが引くまでいいこにしてて? どっちにしても、今戻ると大変だし。碧子さんがなかなか来ないの心配で飛び出す時、俺、“会議室で……!
”って言って出たきりだからさ。事実になっちゃった」

「……なんでまた、そんなややこしいこと言ったの……」


そのうち、誰か様子を見に来ちゃうんじゃ。
これは、さっさと彼を追い出さないと。


「そっかな。単純じゃない? ……碧子さんのことしか頭になくて、いい言い訳考える暇なかった」


早く、仕事終われ。
始めてもないくせにそう思ってる証拠に、彼の袖を摘まんでた。


「何かあったら、すぐ連絡して。……俺も同じこと、もっと盛大に思ってる。俺もいいこにしてるから、碧子さんも」


――足、悪化したら、お預け期間長くなるって忘れないようにね。


キスされると思って目を瞑ったのを、微かに聞こえるくらいの音で笑って。
左手の人差し指で唇を塞ぎ、代わりに一穂くんの唇が押し当てられたのは。

――開いた、胸元。


「胸、見えそう。部屋入ったら、まずカーディガン着なよ。椅子に掛けてるよね」

「……わ、かった」


肌色に変化がないことを確認して、止まった息を一気に吐き出す私の頭を撫でる。


「いいお返事。……ご希望なら、後でつけてあげる。仕事終わって家に帰って、足の痛みが引いてたらね。了解? 」


バレバレすぎて、これ以上つっこまれないよう頷くしかできない。

息を吐いた理由が、けしてほっとしただけじゃないってこと。



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