隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「……ああ。偶然? 」
低い声に私の方が震えたのは、もしかして、聞き慣れないから?
「……これは。でも、一回見かけて、この辺りが生活圏なのかなって。元気? 」
「見てのとおり。ほんと、余計な罪悪感あるなら忘れていいよ。俺、すごい幸せだから、まったく無駄だし。自分勝手に惜しくなったんなら、迷惑だからやめて」
可愛い女の子――そうとしか言えないくらい、可愛い人だった。
好きになっちゃう要素が、見ただけでてんこ盛りだって分かる。
「傷つけてごめん。ずっと謝りたくて……あの頃、異例なくらいの早さであのプロジェクトにアサインして、一穂は忙しかっただけなのに。なのに、私……すごく後悔して。結局、あの後別れた」
「え、なんで? もったいない。お似合いだったのに。より、戻したらいいじゃん。あいつ、いいと思うよ」
(……どうして、全部話してくれちゃうんだろう)
聞きたくないのに。
聞きたいのは一穂くんからの話なのに、それで知らざるを得なかった。
もちろん、それだけではなかったとは思う。
でも、事の次第を要約すると、きっとそれが原因で別れて、それから――……。
『……いろいろあって、一時期太ったんだよ』
(……一穂くん)
「謝らなくて全然いい。傷ついたっていうか、単に屈辱だっただけだからさ。一番仲良かったはずの同期に、寝取られたってだけ。あいつ、忠告してくれてたし。彼女ほったらかしてたら可哀想だって。今思うと、すごいいいやつだよな。俺、従わなかったし、もしまた付き合ってもお前相手だと同じことする。だから、やめときな?」
口調が違うのに、ズキッとする。
同期同士。
一穂くんも、こんな喋り方するんだ。
甘えてたり、嘘っぽく可愛かったりなんて微塵もしない。
すごく、同じところ、高さの場所にいて、私は。
「今度はわがまま言わないよ……! 忙しいの、分か……」
「分かってないだろ。忙しかったって、会いたかったら時間つくってる。毎回仕事言い訳にするの、疲れてんのにそこまでして会わなくていいって判断でしかない。そんなもんだったんだから、気にしてもらっても困る。……このせいで、今、どんなに忙しくったって、会いたくて会いたくて堪らない……そんな子、失ったら」
ひとり、上なのか下なのか分からないところ――なのに、一人だけ違うってことだけは確かなところで沈み込みそうな私を、一穂くんの手が掬い上げてくれた。
「ごめん、不安にさせて。帰ろ。ちゃんと俺の口から説明するから。でもね、これだけは言っとく」
――俺をおかしくするの、碧子さんだけだよ。
「それくらい好き。碧子さんしか要らない。……それ、先に言っとくね」
手、塞がってるのに。
「帰ろ」って言いながら立ち止まったまま、額にキスされた。
『醜い優越感すごい』
(……分かる)
最低だって思ってても、止まらず込み上げてくるばかりの安堵と、欲望。