隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
・・・
「……聞かないの? 怒ってくれないの」
家に帰ってしばらくしても何も言えない私に、痺れを切らして後ろから抱きしめてきた。
「怒られたいの? 」
変なの。
過去のことで喚かれたって、面倒じゃないのかな。
「このことで怒られても、怖くないもん。嫉妬されてるってにやにやしちゃう。怒られたいよ」
(……いや、思考)
つっこんだのは、心の中だけ。
鎖骨の辺りで交差した腕に寄せられ、口からは何も出てこなかった。
「でも、何も言われなかったら怖い。別に嫌じゃないのかな、そんなに興味ないのかなって」
「そんなわけ……! 」
だからか、すっと引き寄せる力が弱まった気がして、慌てて振り向いてしまう。
「……嫌だったよ」
ラフなTシャツに頬を寄せた。
一穂くんのプライベートな感じを、私は何度見たんだろう。彼女はどれくらい、知ったんだろう。
私は、彼女は。
「ごめん」
「……すごく、嫌……」
彼のプライベートの一部か、それ以上になってるのかな。
「うん。黙っててごめん」
「……どっちがいい? 」
何の脈略もない、謎の質問。
なのに、一穂くんは笑って。
「どっちも。でも、俺は途中で寝てあげたりしないよ? 」
頭を撫でてくれるのが嬉しくて、辛い。
目を瞑ると、脳裏に浮かぶのがこの手じゃなくて、私とは違う髪色や、長さ。
「あいつ、絶対碧子さんに聞かせる為にペラペラ喋ったよな。そんなことされて、戻りたいと思えるわけないのに」
「…………」
何も言えない。
気づいてくれてて嬉しいなんて、そんなものばかり溢れ返りそうになる。
「端的に言うとそんな感じ。告白されて何となく付き合ったままほっといたら、同期の……親友くらい仲良かったやつとやってた」
そのとおりなんだと思う。
ても、傷の深さは、言葉よりも口調よりもずっと深い。
「あ。誤解しないで。太ったのはね、あの女っていうより、友達だと思ってたやつに裏切られた事実の方がショックでムカついて。あと、単純に忙しくて食生活めちゃくちゃだったからだよ」
信じてない顔、しすぎなんだろうな。
ものすごく、困ったって笑い方。
「本当だってば。さっき言ったじゃん。本気で好きだったら、何を省いてでも会う時間つくる。今、あんな忙しくなったって、碧子さんと過ごす時間減らしたくないもん。その程度だったんだよ。だから、当然の流れ。今思うと、そいつには感謝したいくらいなんだけど、あの時はね。……碧子さん? 」
(……どうして、私が泣くんだろ)
何の涙だか、よく分からない。
そう言ってくれるのは嬉しいし、いくら一穂くんが平気だって言ったって、その気持ちを想像すると悲しい。
だけど、どうして、こんなにも。
「そんなこともあって。俺、すごく今実感してる」
――切ない。
「俺、碧子さんが好きだ。正しいとは思わないし、まともだなんて言わない。でも、きっとこの先、他の誰にもこんな気持ちになれない。今までだって……あいつにだって、こんなふうになれなかった。俺、頭おかしいと思ってたけど……それ、碧子さんだけなんだって、再確認した」
(……あたま、おかしくなった)
――執着という特別を、私、喜んでるの。