隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「……っ、言われなくても!! 」
「あ、そう? よかったー、な」
パッと手を離して、振り返った先には。
「え……」
「……そうだな」
同じ会社に勤めるてるのに、あれから本当に何もなかったんだな。
連絡取り合ってたら……なんて、思わなかったわけでもないけど。
「……っ、最低……! 」
「……それは、俺らだろ。関わらなければ水に流してくれるって言ってるんだから、おまえにとってもよかったじゃないか」
(……なんで来たんだよ、お人好し)
この女と別れてるなら、こんな平日にいきなり呼び出される理由ないのに。
「せっかくの有休が台なし……頼まれなくても、あんなおばさんのものになんか興味ないし」
「そっちの休みに合わせてやったんだけど。……彼女に何かあったら……」
(……どうしてやろう)
「しないって言ってるでしょ……!? 付き合ってらんない……!」
今これと言って思いつかないけど、できないことなんてなかった。――碧子さんが、彼女がすべてだから。
「はー、終わった。おまえもお疲れ。よく来たよな」
「……ちなみに、なんで呼んだの?」
あの女の都合に合わせたのは、どうしても直近で来てほしかったからだけど。
堅苦しい格好を見るに、こいつはわざわざ早退してきてくれたんだろうし。
「一人で会うのは気が引けた。万一誰かに見られたら、彼女が嫌な思いするし。あとは……まさかとは思うけど、まだ引きずってんじゃないかって」
「引きずってたよ。一穂、急に仕事辞めるし。連絡しても返信ないし」
「誰、引きずってんだよ」
浮気なんて、心底どうでもよかった。
相手が他の男じゃなければ、きっと、あんなに荒れなかった。
「変なもの見せられたけど、会えてよかった。本当にごめん。許されようとは思わないけど……」
「許してるよ。あの子に悪さしなきゃな」
「え……」
ちょっとだけ早口になったのは、それももう終わりを告げたということなんだろう。
碧子さんは偉大だ。
本人の意思じゃないかもしれないけど。
「彼女か。もちろん、二度とそんなことしない。
けど、見てはみた……」
「あ」
噂をすれば。
今頃会議が終わって、俺がいないことに気づく頃か。
「なーに。寂しい? 」
『……すっごく言いたくないけど。今、どこで何してるの? 』
ものすごく嫌そう。
そんな声でも、電話を周りを気にして小声で囁かれると堪んない。
「側の公園。来る? 」
『……待っときなさい』
「はー……い、って、切れてる」
(あー、もう。なんで、そんな可愛いかな)
「……悪い顔してんな。彼女じゃないの」
「彼女だよ、もちろん。だから、悪い顔になんの」
「……理解に苦しむ。でも、待ってたら見れるな」
くくっと笑う俺を見て、俺の霊でも見たように言った。
ということは、やっぱり俺は世間一般的に完全にどこかイッてるんだろう。
「……一穂くん……! 」
「あ、来た。ヒールで走ったら、また転ぶよ? 」
「来た、じゃないよ。病院で早退するなら、もっとそれらしくしてなよ……! なんで、こんなと……」
変な怒り方に愛を感じるのは、都合よくとりすぎだろうか。
そこでやっと他に誰かいて――すぐに、何となく分ったのか泣きそうに顔を歪めるのが愛しくて、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、心配させて」
「私こそ……ごめんね、話聞かずに邪魔して。あの、離して……」
「来る? って言ったの俺だよ」
最後のは無視して抱きしめ続けても、人前だからか、碧子さんはとてもおとなしい。
「会わせても、紹介する気はないわけね。前科あるから仕方ないけど。じゃ、俺帰るわ」
「それ、もう忘れていいって。前科関係なく、この子が特別なだけだから」
「〜〜っ、一穂くん! わ、私が帰るから! 」
力いっぱい押し返そうとするのに負けてあげると、今頃ばつが悪そうに会釈した。
「え、なんで? 」
「なんでじゃない。仕事中! ゆ、郵便局に忘れ物したって言って出てきたんだもん……」
(なんで、そこで照れるの? 意味不明に可愛いすぎるでしょう)
「真面目な彼女、悪いこにしちゃった。ほんと、ごめん。……じゃ、終わったら会おう? それまでいい子に時間潰してる」
「……本当だからね」
迫力のない目で睨んで、もう一度頭を下げると走っていく。
その背中を引き留めて、後ろから抱いて、ずーっと離さずにいたいのはやまやま。
「ってことで。いいこに暇潰すから、付き合って」
「……おまえさ」
――ま、今日は仕方ないか。
「お人好し」
さっき心の中に留めたことを面と向かって言われ、笑いしかでてこない。つまり、それって。
「んなわけないじゃん。……俺の彼女、最高ってこと」