隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
通院で帰ったくせに、会おうなんて――なんて、そんなふうには思えなかった。
彼女はもういなかったけど、恐らく私の為に牽制してくれたんだと思う。
(それに……あの人は)
きっと、それまで友達だったあの人。
(……よかった、よね? )
一穂くんはすごいな。
信じてた人に彼女と浮気されて、傷ついて、苦しんで。
なのに、区切りをつけてしまえるなんて。
辛いと思う。辛くないわけない。
なのに、一歩どころじゃなく大きく踏み出した彼に会いたくて堪らなくなった。
本当なら、きっと――許さなくても、そのままでもよかったのかもしれない。
(一穂くんに、いい方向にいけばいいな)
『はい』
「あ……わたし」
『うん』
オートロックを開けてもらうのに、何て言っていいかで迷ったのにくすっと笑う声がして、ロックが解除された。
最初、会社まで迎えに行くなんて言ってたけど、何度も言うけど彼は早退した身だ。
家に行くって約束の前に数回同じやり取りをした後、どうにかこれで落ち着いた。
仕事終わりにすぐに電話したら、そんな会話に呆れた声が入ったから、きっと上手くいったんだとは思う。
でも。
(……だから、心配)
上手くいったってことは、一穂くんが心の整理をしたってことだ。
それは恐らく、大きさや種類は違うとしても何らかの傷を負ったってこと。
「おかえり。もう、せめて駅まで迎えに行かせてくれてもいいのに」
「まだ明るいし。誰かに会ったら、サボってたの確定しちゃうじゃない。あ、ごはん……本当に上手なんだね……」
テーブルの上に置かれ始めた食事は、私が作るよりも遥かに見栄えがよくておいしそう。
「なんで、そこで落ち込むの。碧子さんのは、碧子さんが作ったって付加価値があるからいいんだよ。ちょっと待って。今……」
そんなの、一穂くんにしかメリットないし、価値なんて彼にもあるのか怪しい。
「……ありがとう」
キッチンに戻ろうとする背中に、額を押し当てる。
「ううん。俺の方が早かったんだし。全然……」
それだけじゃなくて首を振ったけど、じゃあ何なのか上手く言葉にできない。
「碧子さん。それは、俺の台詞……」
「……会いたかった」
それだけは本当で、はっきりと出てきてくれた。
「……碧子さん……? 」
どうして、私震えてるんだろう。
そう思ってから、一穂くんにくっつくまでの間、すごく呼吸が浅かったんだって気づいた。
「……ごめんね。怖い思いさせて」
怖がるようなことは、何もなかった。
なのに、それが一番しっくりくる。
「ん……」
怖かった。
ざわざわして、不安で。
辛かったのは一穂くんなのに、私がこんな気持ちになったりして――……。
「……大丈夫……? じゃなくていいよ」
大丈夫のわけないって。
ずっと思ってたのに聞いてしまって、唇を噛む。
「それがね、本当に大丈夫なの碧子さんのおかげ。……でも、確かに連絡取るのは勇気いったかも。偉い偉い、してくれる? 」
いつかも、同じこと言われた。
でも、もっとずっと切なくて、どうしたら同情っぽくならずに労ってあげられるのか分からなくて。
「赤くなって。可愛い」
今日に限って、頬はそんなに熱くない。
逆に気を遣わせてしまったのが苦しくて、結局、キスなんて当たり障りないことをしてしまった。