隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)



「爪」じゃないことにドキッとして、上目で見上げると困ったように笑った。


「ま、匂わせ、なんて変か。俺と付き合ったからって別に……」

「そんなことないよ」


今日が週末でよかった。
そうじゃなかったら、この駅までの道のり、電車の中、道端――家に着くまでの距離も時間も果てしなく遠く感じて、絶望してたかもしれない。


「自慢、したんだよ。いろいろ言われてるし、いないところで騒がれる分には気にならない。でも、やっぱりムカつくし、一穂くんのことを思うと悲しい。だから……自慢」

「……碧子さん」


大袈裟。
でも、本心。


「……でも、じゃあなんで教えてくれなかったの? 」


だって、ようやく部屋に入った時には、靴も脱がずに彼にくっついてた。


「反応が怖かったのかも。気持ちを疑ってるとかじゃなくて……好きだから、何となく言い出しにくかった」


くっつくのは、背中にしておけばよかった。


「……もう、碧子さんは」


腰を捕まえられて、ヒールのせいで数歩ステップアウトして。私の背中が壁側を向いてしまう。


「何となく、ね。可愛いこと言って、何とも言えないのごまかすんだから」


ごまかしたいわけじゃないけど、どう説明していいのか分からない。
どうせバレる、いや、隠してるわけじゃない――そう思いながら、結局最後まで言えなかったから言い訳もできない。


「どうせなら、二人のすごい写真載せとく? 」

「……通報されたくないから嫌」


そんな会話なのにキュンとしてるのを、どうしたらいいんだろう。

壁を背にしてるのに、押しつけられることはない。
寧ろ、抱かれてるから彼の腕の分、壁との間には隙間がある。
逃がす気がないのは伝わるけど、壁ドンみたいに閉じ込められてるのとは違う。

もう片方の手で頬を包まれて、私は。


「……した……」

「え? 」

「……そんな感じ、してるよ」


たぶん、自惚れじゃなければ、壁に押しつけて急ぎたいんだと思う。
なのに、そっと抱いたまま、キスが始まるのすらゆっくりで。


「キュンとしてる……」


『どうしたら』って、あの時一穂くんは言ったけど。


「……やめてよ、もう。ここ、玄関だよ? 逆に盛ってる自分がすごい恥ずかしくなる」


場所とか関係なく、我慢してくれてる愛情にキュンとしてしまう。


「……キスだけ」


重なっては離れ、音が鳴るたび彼のシャツを握って。
合間に目を開ける私は、どれほど理性のない顔をしてるんだろう。
くすっと笑われて、自覚を強制され。
それでも手を離さないのは、強請ってるとしか言いようがない。


「続きは中で。ごめんね? 俺、好きな子にはすごい拘るタイプみたい。そんな物欲しそうな顔しても、だーめ。……靴、脱ぎな」


(……そんなこと言われたら)


私の方が、場所なんて関係なく、すぐその気になる動物みたい。


「盛ってるの、私じゃない? 」


恥ずかしいけど。
大人の余裕どころか、一穂くんの言う人間としての理性とか。
今ないの、私の方だよ。


「甘いな、碧子さんは」


(……ううん、そんなことないよ)


「彼女に優しくしたいって気持ちが、どうにか勝ってるだけ。……ほら、パンプス脱がないまま、他の脱ぐつもり? だったら、確かに碧子さんも盛ってるのかもね。……えろ」


無理してるでしょ。
それに発展しそうだからって、Sモードに入ろうとしてるのが可愛い。


「あ、笑った。可愛い顔で俺のネクタイ掴んだの、後悔したって遅いからね。どうせなら、緩ませてよ。その間、俺が空くから……碧子さんの希望、叶えてあげられるかもよ」


大人しく、靴を脱いで。
聞き分けがなく、ネクタイをなおも引っ張って。
玄関から両足が中に入った途端、後ろからアンダーバストの辺りを抱かれ。
余った指先で、器用にひとつ、またひとつ。
実感しろと言うように、ボタンが外されていった。



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