隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「あぁぁぁっ……!! 」
最早、一穂くんと一緒に出勤しても騒がれなくなったと思ってたのに、部屋に入った瞬間そんな大声が耳をつんざいて数歩後ずさった。
「確かに……! 」
「でも、まさか……いや、でも……」
「どうする? 聞いてみる? 気になる……」
(……声掛けるの、掛けないの)
ちょっと待ってはみたけど、視線は突き刺さるものの話しかけてくる気配はない。
(……座りますよ? )
こっちから、「どうかしたんですか? 」なんて聞いてあげることもないだろうし。
視線に気づいてないふりをするのすら諦め、自分の席に向かおうとしたところで。
「……な、浪川さん」
「……はい? おはようございます」
それにしても、今朝のコソコソのコソコソになってない感じは酷い。
一穂くんがスルーされてるのを見ると、もしかして――……。
(……なんてね)
「まさか、これ……浪川さ」
「あ、バレちゃった」
差し出されたスマホをひょいっと覗き込んで、軽ーく返事したのも私じゃなければ。
(……なんで、そっちに“まさか”なんて言われねば……。いや、確かにまさかって思ったけども)
「……一穂くん」
「だって、もうバレちゃってるじゃない。それに、別に隠すようなことでもないと思うけど? 綺麗になってく経過すごいし、フォロワー数にもそれ、出てると思うよ。自慢して、少しくらい嫌な女になったらいいのに」
「……それ、褒めてる? 」
(……ううん、違うよね。知ってる)
さらっと、私の代わりに暴露してくれた。
「褒めてる褒めてる。でも、有名だからって俺のこと捨てないでね」
席に就かなきゃ。
くらくらするくらい恥ずかしくて、立ってられない。
「やっぱり、そうだったんだ。このちょっと見えるネイル、どっかで見たって思ったんだよね」
「すごいー! ずっと見てたのに。どうして言ってくれなかったの」
それは、そういう仲ではなかったから。
――と。
「……最近なんです。やっと、自分のなかで同化したの」
そんなこと言われても、「は?? 」だと思う。
「……仕事……」
頭ぽんぽんしてくれる、彼以外には。
「……中、じゃないでしょう。まだ。それに、碧子さんだって俺の名前呼んだよ? 」
自分の腕時計を指しながら、あと数分間はお仕事モードにならないよ、って笑う。
一穂くんが見せてきたのは時計の針なのに、手首ならまだしも指にまで視線を滑らせる私は、朝から本当にどうかしてる。
「じゃあ、やっぱり、彼氏って戸田くんのことだったんだよね」
「他にいてもらったら困りますよ」
「だよね! でも、会社では戸田くんの方が追いかけてるっぽく見えるけど、プライベートだと浪川さんの愛が溢れてる」
「そう見えますー? 碧子さん照れ屋だから、仕事中はクールだけど、外に出るとまた雰囲気変わってすごい可愛……」
「……一穂くん……!! 」
(……なぜに、仲良くなってるの……)
――でも、まあ。
パソコンに表示された時計が「9:00」になって、真面目な顔をつくってみたつもりだったけど。
(いいこと、か)
「9:01」になっても、口元はいっそう緩むばかりだった。