隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
・・・
17:30。
ノー残業だったこともあって、みんなぴったりに席を立っていく。
「一穂くん、この後大丈夫? 」
「え? いいよ、もちろん。何か手伝えることある……」
彼も当然、鞄を机に置いたのに。
そんなことを言ってくれて、思わず少し吹き出してしまった。
「違うよ。もし、予定ないなら……デートしてくれないかな、と思って」
ただ誘っただけで、なぜか赤くなるのが可愛い。
「真面目だね」
「〜〜っ、碧子さんのが移ったんだよ。まさか、あの碧子さんが、社内で誘ってくるとは思わないもん」
「もうお仕事の時間、終わってるよ」って時計を指せば、赤い顔のまま拗ねてしまった。
「だったら、早く行こ。一応ここじゃ、真面目な後輩ですから? 分が悪いのキライ」
「……今まで、一穂くんの分が悪いことなんかあった? 」
(一切記憶にないんですけど)
「あったに決まってるし、僕だってそれなりに苦労もしましたよ、先輩。……ほら、早く」
既にプライベート気分だからか、ぐずぐずしてるとそう急かされた。
やっと椅子から立ち上がった私の耳元で、会社用とは少し違う声で囁くことには。
「……毎日思ってるよ。一分一秒でも早く外に出て、後輩でも年下でもなく、さっさとただの彼氏になりたいって」
かあっと頬に熱が集まったのは、もう私の方で。
思わずパッと辺りを見渡すと、当然ながら興味津々に見てる人は少なからずいた。
でも、興味の対象は社内恋愛についてでは既になくて、どうやら単純に囁かれた台詞の内容らしい。
「……い、行こ」
「ん。そうしましょうね」
そうだとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「浪川さんって、あんな感じだったんだ」
ドアを開けたくらいで、そんな声が聞こえてきた。
(そう、私ってこんな人)
仕事とプライベートの切り替えはあるけど、どっちも、どんな私も、わたしだ。
「で? デートって何か考えてるの? 」
「うーん……」
ビルの外に出て、もう一歩で自然と手が繋がった。
「そういえば、今まで私の好みに合わせてくれてたから。今日は、一穂くんの趣味に付き合いたい、かな」
彼の方は私の嗜好を熟知してるけど――本当に――考えてみたら、私はほとんど何も知らないかも。
「……俺のこと、知りたいって思ってくれるんだ」
「……だ、だって。今更だけど、私、一穂くんのこと知らなすぎるかも……」
改めて言葉にすると、急にずーんと落ち込んでしまう。
彼女だっていうのに、何も知らないなんて。
「嬉しい。碧子さんがそう思ってくれたのも、たぶん今、他の女と比べて凹んでるのも……」
バレバレだ。
やっぱり、彼女は知ってたんだろうなって思ってしまった。
「……俺が教えたいのも、もっと知ってほしいのも碧子さんだけだって。こんな俺が、そんな気持ちになれたことも」
嬉しいけど、そんなふうに思うことない。
もう片方の手でその腕に触れると、優しく笑ってくれた。
「これから、知っていけばいいよ。意識しなくても、これからどんどん俺のこと分かっちゃうだろうし。今までも、自分でびっくりするくらいたくさん見せてきてる。それって俺も……碧子さんには、素の俺自身を愛されたいって思っちゃってたみたい」
「……好きだよ」
ぴくんって、少し指先が震えた。
隠そうとしたのを苦笑して、もう一度絡め直して。
「うん。ちゃんと伝わってる。……ありがとう」
いつの間にか立ち止まってしまったことに、きっと二人して同時に照れた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。今日は、俺に付き合って」
「うん」
まるで、初めてのデートみたいにドキドキと胸が鳴って、まだ知らない顔を見れるんだと思うと興奮してる。
そんな気持ちを、通りすがりの人のクスクスと笑う声がぺしゃんこに萎ませようとしてきたけど。
「……碧子さん……」
怯まない。
離さない。
きゅっと握ったまま、腕に頬を寄せて。
「大好き」
隣の一穂くんだけに聞こえるよりも、ずっと大きな声だったと思う。
「俺も。……デート終わったら、って思ってたんだけどな。これでもかなり我慢してるから、許して」
「え……」
唇を奪われるまで、一瞬。
それも、可愛いちゅってものなんかじゃなく、逃げようとする獲物により深く食い込もうとするような――道端でするには、よろしくないキス。
「〜〜っ、か、ずほく……」
「耐えたんだから、怒らないの。こんな路上で、可愛いことする碧子が悪い」
いきなり、人前のキスから立ち直れてない私に追い打ちをかけるように、呼び捨てで呼んで。
「安心して。デート中は優しい俺だから。その後も、知りたいんでしょう? ……ご希望どおり、教えてあげる」
――もう、周りなんて目に入らない。
これからも、こんなことはあると思うけど、でも。
「……うん」
意地悪で強引で――でも、きっと、本人が思ってる以上に優しい。
そんな彼氏を見るので、私はすごく忙しいんだ。