隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
そんな頭おかしい奴が、彼女が近くにいるのが判明して、じっとしてられるはずもなく。
「……っ、すみません。大丈夫ですか? 」
彼女が勤めてる会社の前、首からセキュリティカードのストラップを外す一瞬を狙って。
何度もシミュレーションしたけど、加減が難しくてぶつかった拍子に少し強く弾いてしまった。
「大丈夫です。すみません……前見てなくて」
彼女は、いつもそう。
生真面目にずっとつけたままだから、外に出て、慌ててちょっと照れたように外す。
「いえ、俺こそ。あ、拾います」
想像よりも、バレないように遠くから見るよりもずっと、彼女は小柄で柔らかかった。
(こんな、ちっちゃかったんだ。可愛い……)
ゾクリとしたのを尾首にも出さず、スカートの彼女よりも先にしゃがんで、掻き集める。
散らばってしまったバッグの中身と、それから。
「あ、ありがとうございます」
(ごめんなさい、痛かったよね。鍛えてるって言っても、こんな細くてちっちゃくて、柔らかいのに。男に故意にぶつかられて、痛くないわけないよな)
――ね、碧子さん。
セキュリティカードの写真は無表情で、俺の知ってる彼女とは少し、違ったけど。
でも、違和感は微塵もない。
(……彼女だ。逢えた……)
浪川って名字から推測するよりもずっと、彼女自身を見てそう確信できた。
「はい、どうぞ。全部あるかな……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
中身を確認もせずに、はにかんだように笑うのも。
拾おうとした瞬間に、不意に指先が触れてしまったのを謝りかけて、気づかなかったことにしようと決めた時の表情も。
ほんの一瞬感じた体温すら、夢じゃないんだって愛しくて堪らない。
「いえ。それじゃ……」
(……今は、まだ)
これ以上、引き留めることはできない。
わざとぶつかったことがバレてしまうし、そうなったら二度と会えなくなってしまう。
こんな些細なことを、彼女がずっと覚えてるとは思えないけど。
最初から頭おかしいと思われるのはさすがに嫌だし、再会できた時の印象が悪くなるのも単純に悲しいのと、後々動きにくくなるのを避けたいというのと。
今のこんな姿の俺じゃ、彼女の側にいるにはちっとも相応しくないという事実もあった。
(……碧子さん碧子さん碧子さん……)
こんな通行人Bみたいなのじゃなくて、ちゃんと俺を認識してもらえるような出会い方をしなくちゃ。
それにはやっぱり、今の見た目じゃ不利だと思った。
それでなくても、実際会った彼女はかなり真面目で堅そうだ。
いきなり年下の男に口説かれても、冗談としか思わない気がする。
年上になるのは無理だけど、せめて、ときめいてもらわないと話にならない。
「碧子さん……」
もう既に、頭の中で呼ぶだけじゃ足りない。
(待っててね。少しくらい、碧子さんに好かれる努力しておきたいから)
情報収集もしておかないと。
ただでさえ相手にされない可能性が高いんだから、準備は万端以上に。だって。
――手に入らないなんて、彼女を見つけた奇跡の世界では起こりようがないんだから。