隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
それから、数ヶ月。
かなり、頑張った。
碧子さんに再会する為だと思ったら心が折れようがなかったし、こっそりとなら会いにも行けた。
とはいえ、外での彼女は完全防備状態で、なかなかあの時みたいにふにゃっとした笑顔は見れなかったけど。
でも、考えようによっては、誰にでもあんな顔はしないんだって思うと嬉しかった。
プライベートに関することは、ほぼ情報を仕入れることはできなかったけど、ごくごくたまに好きな映画とかカフェの写真とかもSNSで見れたから、すごく癒やされたし。
落ちてくる情報が少ないからこそ、知ることができたものは絶対に忘れない。
身体の特徴やアクセサリーみたいな身につけるものには注意してるみたいだけど、ちょっと迂闊で心配になることもある。
(……このカフェ、碧子さんのマンションの近くだよな。ちょっとだけ、マグカップのロゴが映ってる)
危ないよ。
俺が言えることじゃないけど、言いたくてウズウズする。
会いたくて会いたくて、彼女の視界に入りたくて――我慢できなくなった頃。
「……あ」
トレーニング以外はまだごろごろしてた俺は、スマホを持ったまま、ガバッとベッドから起き上がった。
最早、毎日の習慣になってた、彼女の会社のサイトをチェックしていて、ようやく見つけた。
(求人出てる……)
・・・
その時の喜びを、一生忘れることはないと思う。
「よろしくお願いします。……浪川さん」
同じ部署に配属になったどころか、研修担当に碧子さんがついてくれるなんて。
こんな神がった幸運があるだろうか。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
紹介してくれる主任なんか一切見ずに、ただ彼女を見ていても許されるんだ。
今、俺に話しかけてくれてるんだ。
仕事中だから、あの時みたいな表情は見れなかったけど。
彼女の目がこっちを向いてるだけで、ものすごい高揚感に襲われてしまう。
この数ヶ月を思えば、とんでもない幸せ。
なのに――。
(……これ以上ないくらい、眼中にない……)
「浪川さん、すみません。これは……」
「いえ、これは……」
隣の席、椅子ごと歩いてきて側に来てくれるの可愛い。
でも。
(え、俺、碧子さんの目に入ってる? 絶対、外で通りすがっても気がついてもらえないよな。っていうか、俺の顔覚えてないでしょう、これ)
こんなに近くにいるのに。
すぐそこに、彼女の顔があって。
教える為に机の上の書類を見て、少し俯いた彼女の髪からはいい香りがする。
なのに、俺は相変わらず、通行人Bのままなんじゃ――……。
これは、普通に新入社員しててもダメだ。
私語なんて全然しない彼女とは、話す機会といえば質問する時だけ。
だから、分からないふりして、ひたすら質問するしかなかった。
会社では口下手なのか、困ったなって感じの表情をするのは可愛い。
それなのに、他の人に投げずにちゃんと一生懸命教えてくれようとするのも好き。
そんな数少ない、しかも同じような会話を繰り返すだけでも、ますます好きになってく。
――もう、碧子さんが本当に「あの子」じゃなくても構わないくらいに。