突然ですが、契約結婚しました。
私達の関係はイーブンだ。主任はご両親や周りからのプレッシャーから逃れられたし、私も、友人達からの詮索を回避できている。利害関係は十分に成り立っていて、そこには上も下もない。それに。
「実家ってこんな感じなんだって、主任と結婚しなきゃ知ることなかった。27歳にして、自分の見えてる世界が上書きされていく感じ」
「小澤」
「あのね、主任。私も、案外この生活が嫌いじゃないんです」
いつか、前にも言った。こんなに歪な結婚だけど、相手が主任でよかったって。
あの気持ちは今も変わらず、少しずつその面積を増している。大嫌いだったはずなのに。ハゲてしまえって、心の中で何度も何度も呪った相手だったのに。
「アルバム見せてもらったんで、それでチャラです。むしろお釣りとられるくらい」
「可愛かっただろ、昔の俺」
「そう言われると癪ですけど、そうですね」
真っ暗闇に小さな笑い声が響く。手足はまだ冷たいけれど、心にじんわりと温もりが広がっていく気がした。
「……そうだ」
笑いが止んで、ふと思い出したと言うように主任の声がした。どうしたんです、と問うと、彼は気遣わしげに声を潜めた。
「2月1週目の土曜日に、横浜で学会があるの知ってるか」
「あぁ……係長から案内来てましたよね。私はパスさせてもらう予定ですけど。主任、行くんですか?」
「……あぁ。遠山さんと、行こうってこの前話してて」
この前、と言うのは、恐らくあの日を指しているのだろう。健太くんと再会してから、まだ数日しか経っていない。
「仲良すぎじゃないですか? お2人」
「年下だが、見習うところが沢山あるからな」
それは同感。彼は本当に勉強熱心で、熱量を持って物事に取り組む人だ。主任が好くのも頷ける。
「行ってきたらいいじゃないですか。それとも気まずいですか、嫁の元カレ」
「そりゃそうだろ。俺はまだしも、遠山さんがなんて思うか」
「そうですよねぇ」
別の人の妻になった私を見て、彼はなんて思っただろう。そんなことを考えては、萎縮してしまいそうになる私がいる。
「会うつもりはないのか?」
「……彼と?」
「あぁ」
言われてギョッとする。暗順応をもってしても、主任の表情は見えない。
「会えないですよ。今更、どの面下げて……」
「そうやって負い目に感じてるからこそだろ。面と向かって伝えたいことがあるんじゃないのか」
「実家ってこんな感じなんだって、主任と結婚しなきゃ知ることなかった。27歳にして、自分の見えてる世界が上書きされていく感じ」
「小澤」
「あのね、主任。私も、案外この生活が嫌いじゃないんです」
いつか、前にも言った。こんなに歪な結婚だけど、相手が主任でよかったって。
あの気持ちは今も変わらず、少しずつその面積を増している。大嫌いだったはずなのに。ハゲてしまえって、心の中で何度も何度も呪った相手だったのに。
「アルバム見せてもらったんで、それでチャラです。むしろお釣りとられるくらい」
「可愛かっただろ、昔の俺」
「そう言われると癪ですけど、そうですね」
真っ暗闇に小さな笑い声が響く。手足はまだ冷たいけれど、心にじんわりと温もりが広がっていく気がした。
「……そうだ」
笑いが止んで、ふと思い出したと言うように主任の声がした。どうしたんです、と問うと、彼は気遣わしげに声を潜めた。
「2月1週目の土曜日に、横浜で学会があるの知ってるか」
「あぁ……係長から案内来てましたよね。私はパスさせてもらう予定ですけど。主任、行くんですか?」
「……あぁ。遠山さんと、行こうってこの前話してて」
この前、と言うのは、恐らくあの日を指しているのだろう。健太くんと再会してから、まだ数日しか経っていない。
「仲良すぎじゃないですか? お2人」
「年下だが、見習うところが沢山あるからな」
それは同感。彼は本当に勉強熱心で、熱量を持って物事に取り組む人だ。主任が好くのも頷ける。
「行ってきたらいいじゃないですか。それとも気まずいですか、嫁の元カレ」
「そりゃそうだろ。俺はまだしも、遠山さんがなんて思うか」
「そうですよねぇ」
別の人の妻になった私を見て、彼はなんて思っただろう。そんなことを考えては、萎縮してしまいそうになる私がいる。
「会うつもりはないのか?」
「……彼と?」
「あぁ」
言われてギョッとする。暗順応をもってしても、主任の表情は見えない。
「会えないですよ。今更、どの面下げて……」
「そうやって負い目に感じてるからこそだろ。面と向かって伝えたいことがあるんじゃないのか」