突然ですが、契約結婚しました。
大型案件を引っ張ってきたのはまたも主任で、そうだね、と納品分の備品を整理しつつ応えた私に、彼の興奮は止まらない。

「いやぁ、やっぱりさすがですよね。イケメンで仕事も出来て奥さんもいて。憧れるところしかないっす」
「本人に言ってあげたら?」
「えぇ、そんな。言えないですよ、こんなこと」

妻の私には言えるんかーい。というツッコミは心の中に留めておく。
配送スタッフさんはさっき事務所に引き上げていったので、倉庫には私と田辺くんしかいない。

「この前佐川さんと喋ってたんですよ」
「佐川さんと?」

現在、主任と同じエリアを一緒に持っている1人だ。元野さんはお喋りがてら主任についていく大変さを説きに時折やってくるけれど、彼女は懸命に主任との仕事に取り組んでいる。そんな彼女が、何を?

「小澤さんと柳瀬主任夫妻、憧れるよなーって」
「へ?」

私にも話が及ぶとは思わず、つい素っ頓狂な声を出してしまった。気にする素振りも見せず、田辺くんは言葉を続ける。

「この仕事って、どうしても女性営業には厳しいじゃないですか。重いもの持つし、やっぱりキツいし。だからみんな辞めちゃったり、事務に職種変更したり」
「それは、そうだね」
「でも小澤さんは営業として勤続して成果挙げてて。新人の女性営業の中では目標になってるって、佐川さん言ってましたよ」

田辺くんは特別なことを言った自覚もなく、飄々としたまま。それでも、私の手は知らず知らずのうちに止まった。
私が、後輩ちゃん達の目標に……?

「営業所のエース・柳瀬主任と、女性営業の星・小澤さん。最強夫婦じゃないですか〜」

茶化すでもなく、田辺くんは私達夫婦を称えてくれる。それは思いがけない賞賛で、胸が少しだけ熱く、そして痛くなった。
私が憧れてもらえているのだとすれば、それは主任の下で沢山指導してもらったからだ。反発しながらも食らいつかせるだけの人だったから、と今なら思える。

「最強なんてそんなことはないけど……ありがとうね、嬉しい」

偽物だった私達には身に余る。そういう申し訳なさを抱くことにすら、今は複雑な気持ちになる。
本来の私は、憧れてもらえるような人間じゃないのに。なんて、こんな風に卑屈になってしまうのは、自分が自分を信用できていないからなんだろうなぁ……。


主任の関西出張が言い渡されたのは、それからすぐのことだった。

「急ですね」
「ほんとだよ。まさか1ヶ月のうちに2回も関西に戻ることになるとは思わなかった」
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