突然ですが、契約結婚しました。
「アルコール入るだろうし、小澤が疲れてなかったらでいいんだが」
「はい?」
「明日、なるべく早く帰ってくるから……待っていてほしい」
言い終わってから顔を上げた主任と、今度は近いところで視線が絡む。彼の瞳に自分の影が映り込んでいるような気がして、かっと顔に熱が立ち昇った。
ずるい。確信犯じゃなさそうなあたりが殊更ずるい。こんな風に希望を伝えられること、これまでになかった。
「……絶対、起きて待ってます」
私が言うと、主任の顔がぱっと明るくなる。ずるい。
「ちゃんと待ってるから、早く帰ってきてくださいね」
素直な気持ちを言葉にするって難しいなぁ。恥ずかしくなって主任の胸元に視線を落としたのも束の間、頤に指がかけられ視線は強制的に宙を舞った。
「……っ!?」
唇が重ねられたのだと理解したのは、熱が離れてからのこと。仕掛けた主任は満足気に微笑んで、私の持っていたお皿を掻っ攫って行った。
金曜日。思いがけず仕事が早く終わった私は、寄り道をして帰ることにした。
「いらっしゃい、タマちゃん」
「こんばんは、タイガさん」
重厚感のある黒い扉の向こうには少し髪の短くなったタイガさんがいて、私は通された正面のカウンター席に腰掛けた。
「髪、短いのも似合いますね。さすがタイガさん」
「あはは、そう? ありがとう」
時間が早いからか、店内に他の客の姿はない。会社近くの牛丼屋さんでお腹を満たして、この時間からバーに来る客など私の他にいないだろう。
「何飲む? 1杯奢るよ」
「えっ」
メニューに視線を泳がせていると思いがけない言葉が飛んできて、弾かれたように顔を上げる。タイガさんは口元を緩ませていて、全てお見通しといった様子だった。
「……情報、早くないですか」
「そりゃ、曲がりなりにも親友だもん俺。昨日、同じような時間にふらっと来て、報告がてら軽く飲んで帰ってったよ」
へぇ、そうだったんだ。
昨日家に帰ったタイミングでお風呂上がりの主任とかち合ったけど、お湯や石鹸の香りしかしなかったから知らなかった。
軽く飲んだくらいじゃ顔にも態度にも出ないことはお互いに把握済みだ。
「私も、タイガさんにはちゃんと報告しないとと思って」
「あはは、そうなの? そう思ってくれたのは嬉しいけど」
「だって沢山お世話になったし、迷惑もかけたから」
「そんなことないけどなぁ。俺、基本面白がってただけだし」
入籍したときからずっとね、と戯けて言うけれど、タイガさんがいなかったら今の私達はきっとなかった。
「はい?」
「明日、なるべく早く帰ってくるから……待っていてほしい」
言い終わってから顔を上げた主任と、今度は近いところで視線が絡む。彼の瞳に自分の影が映り込んでいるような気がして、かっと顔に熱が立ち昇った。
ずるい。確信犯じゃなさそうなあたりが殊更ずるい。こんな風に希望を伝えられること、これまでになかった。
「……絶対、起きて待ってます」
私が言うと、主任の顔がぱっと明るくなる。ずるい。
「ちゃんと待ってるから、早く帰ってきてくださいね」
素直な気持ちを言葉にするって難しいなぁ。恥ずかしくなって主任の胸元に視線を落としたのも束の間、頤に指がかけられ視線は強制的に宙を舞った。
「……っ!?」
唇が重ねられたのだと理解したのは、熱が離れてからのこと。仕掛けた主任は満足気に微笑んで、私の持っていたお皿を掻っ攫って行った。
金曜日。思いがけず仕事が早く終わった私は、寄り道をして帰ることにした。
「いらっしゃい、タマちゃん」
「こんばんは、タイガさん」
重厚感のある黒い扉の向こうには少し髪の短くなったタイガさんがいて、私は通された正面のカウンター席に腰掛けた。
「髪、短いのも似合いますね。さすがタイガさん」
「あはは、そう? ありがとう」
時間が早いからか、店内に他の客の姿はない。会社近くの牛丼屋さんでお腹を満たして、この時間からバーに来る客など私の他にいないだろう。
「何飲む? 1杯奢るよ」
「えっ」
メニューに視線を泳がせていると思いがけない言葉が飛んできて、弾かれたように顔を上げる。タイガさんは口元を緩ませていて、全てお見通しといった様子だった。
「……情報、早くないですか」
「そりゃ、曲がりなりにも親友だもん俺。昨日、同じような時間にふらっと来て、報告がてら軽く飲んで帰ってったよ」
へぇ、そうだったんだ。
昨日家に帰ったタイミングでお風呂上がりの主任とかち合ったけど、お湯や石鹸の香りしかしなかったから知らなかった。
軽く飲んだくらいじゃ顔にも態度にも出ないことはお互いに把握済みだ。
「私も、タイガさんにはちゃんと報告しないとと思って」
「あはは、そうなの? そう思ってくれたのは嬉しいけど」
「だって沢山お世話になったし、迷惑もかけたから」
「そんなことないけどなぁ。俺、基本面白がってただけだし」
入籍したときからずっとね、と戯けて言うけれど、タイガさんがいなかったら今の私達はきっとなかった。