突然ですが、契約結婚しました。
間にあった席ひとつ分の距離はいつの間にかなくなり、お酒でガード緩くなるタイプかーなんて思いながら、私の物言いもいつもより大胆になっていて、そこにいつもの壁はないように思えた。

「まぁでも……よくやってると思うけどな、小澤は。リーダーミーティングとかでも、頻繁に名前挙がってるし」
「え! そうなんですか!?」
「あぁ。毎月一定の数字は残してるし、俺によく食らいついとってすごいって、些か不本意な褒め方ではあるけどな」

ケタケタと笑いながらそんなふうに言われて、どんな顔をしたらいいのかわからない。そんなの、一度も聞いたことなかったし。

こうやって言うってことは、もしかして主任も評価してくれてたりします……?

「ていうかずっと聞きたかったんですけど。主任は、なんでそんなに仕事好きなんですか?」
「なんや唐突に」
「だって、朝から晩までずっと仕事してるじゃないですか。プライベートの様子とか、全然イメージつかないくらい」

休日に何をしているかどころか、スーツ以外の姿を想像することさえ出来ないくらい、主任って仕事姿しか思い浮かばないんだよなぁ。
私の純粋な疑問は、何故だか主任の頬に影を落とした。

「努力して向き合った分だけ……仕事は応えてくれるからな」

絞り出したような、主任の低い声。
ロックグラスを手に持ったまま、彼の表情はとても苦しそうだった。

何かあったんですか。そう尋ねていたのは、意識の外でだった。見たことのない姿を、見て見ぬふり出来なかった。
主任は少し迷う素振りを見せた後、今にも泣き出してしまいそうなくしゃくしゃな笑みを貼り付けた。

「案外容赦ないな、おまえ」

勘弁してくれよと言うように、彼の喉仏は掠れた声を絞り出す。
あぁそうか。この人は今、弱ってるんだ。──部下に、うっかりこんな姿を見せてしまうくらいに。

「それは……すみません。容赦ないついでに、もしかして、ですけど……。主任の今日の格好と、何か関係ありますか?」

ブラックスーツに、グレーのジレ。シルバーグレーのネクタイが首元を彩っている。
極め付けは、主任が私のすぐ隣に座った時に移動させられた白い紙袋。
結婚式帰りだって、聞かなくたってわかる。

「ついでどころか、トドメ刺しに来たやん」
「トドメって……」

主任は深く息を吐いて、左手で髪を掻き乱した。

「もうわかってるとは思うけど。今日な、結婚式やってん。……ずっと好きな女の」
< 15 / 153 >

この作品をシェア

pagetop