突然ですが、契約結婚しました。
弱々しい表情と声色。浴びるように流し込むお酒。
“ずっと好きな”。その形容の仕方に、全てを悟ってしまった。

「まだ……お好きなんですね、その女性(ひと)のこと」

私の問いに、主任は力なく頷いた。
カウンターの向こうでは、タイガさんが複雑そうな表情で作業をしている。

「……家が向かいの、幼なじみで。ずっと……ほんまにずっと、いつ好きになったかとか思い出せんくらい、一緒におって。
……まさか帰国と同時に結婚報告されるなんて、夢にも思わんかった」

この人は誰? そんなことを思ってしまうほど、表情は切なさに溢れている。それなのに、けして涙を見せないところは、やっぱり主任なんだなぁなんて思う。

「報告受けてからあっという間に時間が経って結婚式の招待状が届いて結婚式に参列して。二次会なんか出られるわけもなくて、最終の新幹線で帰って来てん」
「そう、だったんですか……」
「悪いな、こんな話聞かせて。こんなん、小澤にする話ちゃうのにな」
「いえ、私が聞いちゃったので……。むしろ、深掘りしてごめんなさい」

どんな関係性でも、触れちゃいけないところってある。そのことを完全に失念していた。
たまたま鉢合わせたバーでちょっと距離が縮まったからって、私達は上司部下の関係に過ぎなかったのに。
今更、罪悪感が溢れてくる。

「ええよ、もう。実家に帰ったかって、真緒はいつやって言われるだけやったし。無理矢理帰ってきて、ここで小澤に会って、こうやって話聞いてもらえた方がよかったんかもしらん」
「……それなら、いいんですけど」
「あぁ。小澤が会社で言いふらしたりするようなやつじゃないことはわかってるしな」

……うん、私もわかってる。主任が、この幻みたいな時間を、他の誰かに話すような人じゃないって。
その信頼にも似た自信は、私が必死にこの人の後を追いかけてきた功績かもしれない。

そう思ったら、私の中にある感情が芽生えた。

「……あの。私も、聞いてもらっていいですか」
「小澤も……?」
「はい。今日、私もとってもヤなことがあって。それに、私だけ主任の秘密を知ってるの、フェアじゃないなって思うから」

自分から敢えて話すことじゃないってわかってる。それでもこんな話を持ちかけたのは、たぶん、私も誰かに聞いてほしかったから。

「小澤の秘密っていうのは……今日の格好と、何か関係あるんか」

少しだけ口元を緩めて、投げられた言葉は図星だった。ブーメランを受け取って、思わず笑いが溢れてしまう。

「バレてました?」
「何となくな。……ええで、いくらでも聞いたる」
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